▼ もう少し
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「あ、サッチ。また来たの?」
皆勤賞ね。
私はふふっと笑いながら、目の前に積まれた本を手に取る。ここはよくある島のよくある本屋。冊数が多いわけでも、まして珍しい文献があるわけでもない。ごく普通の物語や売れすじしか扱っていない、よくある普通の本屋さん。
「なんだよ、来ちゃいけねぇの?」
「だってなにも買わないじゃない」
変な海賊。私はからかうように笑って、隣に並ぶ人を見上げる。変な髪型の、変な海賊。
「へいへい。冷てぇなぁ、アンちゃんは」
俺っちこんなに通ってんのに。
サッチはわざとらしく肩を落とし、本棚に手をかける。
「今日こそデートしようぜ。おいしい店見つけたんだ」
アンのために。
サッチはゆっくり顔を近づけてきて、耳元でそう囁いた。茶化していた次の瞬間には別人のような色香をまとう。色を湛えたその眼が、ゆるく弧を描く唇が、顔の傷までもが、私を惑わせる。
そんな眼で、見ないでほしい。
そんな風に、笑わないでほしい。
「はいはい、そこ邪魔。買わないなら帰って」
私は全く興味がないとばかりに手に持った本でサッチを追い払う。
私知ってるのよ。
明日にはいなくなるんでしょ?
顔の前で揺れる本を、サッチはにこり笑ったままひょいと奪った。そのまま私を抱き寄せる。
「…そりゃだめだな」
俺、もう我慢できねぇもん。
色を湛えたその眼が、ゆるく弧を描く唇が、顔の傷が、私の決意をあっさり溶かす。
“好きになんかなってあげない。なるわけ、ない。”
もう少し。
ねぇもう少しだけ長い夢を見させてよ。
明日には流れ星みたいに消えるんでしょ?
そんな夢、私は見たくない。
でも、それでもやっぱり貴方が好き。
私は困ったように笑って、熱い熱い唇に応えた。
【もう少し】