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「おう。相変わらずおっせぇなぁ」

へ、なんで?私は驚いて目をぱちくり。何度瞬きを繰り返しても目の前の男は消えなくて。

「・・・サッチ?」

サッチがいた。無人のオフィス街を一人コツコツ歩いていたはずの私の視線の先で、サッチはどこかの会社の前にある花壇に腰を掛けてへらへらと手を降っていた。

「お前仕事好きすぎだろー」

たまには息抜きしねぇとポックリいっちまうぞーと笑うサッチはスーツの上から黒いロングコートを着ていて、寒いのだろう両手をポケットに突っ込みながらこちらに歩いてきた。

「あ!そうだ、あのあと大変だったんだからねっ?」

目の前のこの男は、今日は用事があるとすっかり聞き慣れた台詞を吐いて定時で帰ってしまったのだ。今日はじゃなくて今日もだろうという突っ込みも、もう何百回目かさえ分からないが、毎度ご丁寧に返してしまう。

「大変だったらしいなぁー」
「らしいなぁー、じゃなくて!」
「おぉなんだ今のすげぇ似てたぞ?え、お前ものまね得意だっけ?」

突然身を屈めてこちらを覗き込んできたサッチに思わず仰け反る。ち、近いっ

「なーんだよ、そんなに嫌がんなくたっていいだろーサッちゃんショック!」

アチシもうだめっガラスのハートがパリンっていったっ、サッチは最近オカマキャラがお気に入りだ。ことあるごとにこうやって気持ち悪い声を出して騒ぐ。

「で?なにしてんの?こんなとこで」

顔を両手で覆って泣く真似をしているサッチを完全にスルーして先を促す。いちいちリアクションがオーバーすぎるサッチと効率良く話すには、どんどん質問を重ねていくしかない。このおバカに会話の主導権を握らせたら、たとえ24時間あったとしても話はその場から一歩も前に進まないだろう。

「ん?連絡入ってよ、だから様子見に来た」

ちょっと遠くにいたから遅くなってよ。漸く着いたと思ったら解決したっていうから?ここに座ってた、的な?
なんでわざわざこんな夜中に。しかもこの寒さの中で花壇に腰をかけようと思うのか全く意味がわからないが、とにかく残っていた数人うちの誰かがサッチに連絡を入れていたらしい。よく忘れるがサッチは一応上司なのだ、私の。

「まぁ私がちゃちゃっと解決してやりましたけどね」

ふふんと自慢げに目を細めて自分より随分高い位置にある顔を見上げる。目が合うとサッチはひひっと笑った。子供みたい。
並んで立つふたつの影はぼんやりとした街灯に長く長く伸びていて、隣の影は遠くのビルにまで達していた。

背、高いよなぁ。
今更なことを今更再認識した。背が高いサッチは黒いロングコートがとても良く似合っていた。

「アン、お疲れさん」

手をポケットに突っ込んだままへらっと笑うその顔はひどく優しくて。私の心臓はトクンと音を立てる。
とろんとしたようなへろんとしたようなその笑顔を直視できなくて微妙に視線を横にずらす。ついこの間までだったら情けない顔すんなって呆れていたはずなのに、心境の変化とは恐ろしいものだ。あれ?今までどんな顔してたっけ、こういう時。


「帰ろうぜ。飯買ってくか?」

こんな時間だしよ、と言うサッチは既にスーパーがある方角を向いていて。まるで付き合っているカップルが今日はどうしよっかと話しているかのようだ。あ、今夜晴れだってよレベルの自然さで当たり前のようにさらっと口にするサッチに頭がついていかない。
え、私たち付き合ってませんけど?ついさっきまでただの職場仲間でしたけど?っていうか今もただの同僚ですけど?

「か、からかわないでよっ誰がへらへらバカなんかと!」

なんだそりゃ、サッチが眉を下げて静かに笑う。視線を少し下げたまま前髪を耳にかける。見慣れたはずのそんな姿に、また心臓がトクン。
心なしかいつものサッチと雰囲気が違う気がする。なんというか甘い。そう、サッチから漂う雰囲気が全体的に甘いのだ。

「ほら、いこうぜアン」

当たり前のように自身のポケットから出した手を差し出すサッチに、私は引き寄せられるように手を伸ばしていた。
隣を見上げると何故か嬉しそうな顔。ロングコートを下に辿ると、大きな大きなサッチの手としっかりと包まれた私の手。
並んで歩くふたつの影はぴったりとくっついたまま長く長くまっすぐ伸びた。


【流された?いや流されてやったのよ】

(まさかアンが振り向いてくれる日が来るなんてなぁー)
(なっ何言ってんの?!)
(はいはいバレバレ。あんまり可愛いことしてっとこのまま連れ去りますよー)
(・・・もう連れ去ってるじゃん)







軽いフリして本命一本。7年の片思い?上等だっての。なサッチ様でした。手を取った瞬間から、あーえっと結婚はいつがいいかな、あ、いやその前にもっと貯金して、でも車もファミリー用に買い替えねぇとなぁとか脳内が爆発してりゃあいい。




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