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「おっこれFryの初回限定版じゃねぇか」
「あ、そうそう。レアでしょ?」

イケメン君も音楽が好きらしい。しかも趣味までばっちり合っていることが判明した。

音楽はすごい。聴くだけでテンションが上がったり心が救われたりする。もし同じものをいいと感じて感動したり共感できたりするなら、それだけで距離はグンと近づく。
つまり、わたしとイケメン君の距離はググンと接近したわけだ。黙々と片付ける色気様や茶々を入れてくるおっさんを余所に私たちは大いに盛り上がった。楽しそうに好きな曲を語る笑顔はとても素敵だと思ったし、盛り上がりすぎて大声で歌い出しちゃう無邪気さはとても可愛いと思った。
一緒にライブに行こうという話になった。こういう音楽が好きな女はあんまりいないからうれしいんだとニカっと笑ったその顔に胸が高なった。
このイケメン君との偶然の出会いに感謝した。恋に堕ちたのだと思う。二人で行くだろうライブが本当に楽しみだったし、私が持っていないアルバムを貸してくれるとも言った。


「ありがとうございましたー!」

あれ?
新居に荷物を運び込んだあと、イケメン君はあっさりと帰っていった。
電話番号・・とか、メールアドレスとか交換してない、けど?あれれ?もしかしてただの接客的な感じだった・・・とか?

なにそれ。ちょっと私ったら恥ずかしい。すっかり本気にしてしまった。あぁやだ。穴があったら埋めて欲しい。
ダンボールに囲まれた部屋で、恥ずかしい恥ずかしいと一人悶えた。必要以上に悶えてみた。たぶんそれはツキリと痛む心をごまかすため。なんだよ、年上のおねぇさんをからかうんじゃないよ。

「ちきしょう」

ポツリと自分にしか届かない遠吠えをした私は、CDが押し込められているダンボールを目に入れるのさえ嫌で。座り込んだまま殴ってみたらぽすんと情けない音が鳴って、すごく惨めになった。

そのまま部屋をふらっと出てコンビニに向かった。初めて行くコンビ二のはずだけど、昨日行ったところと全く一緒だった。

味気がない。
つまらない。

コンビニを出た私はポケットからケータイを取り出してイヤホンを耳にはめる。

耳に飛び込んできた音は色とりどり。
赤、青、黄色。音なのに色がある。カラフルで鮮やか。

だから私は音楽が好きなんだ。味気ない生活とあっさり終わったこの前のレンアイと、始まったようで始まってなかったちょっとしたときめきも、全部忘れさせてくれる。そうだ、忘れちゃおう。忘れちゃえばいいんだ。

音量をあげる。

お茶の入ったコンビニの袋がガザガザ鳴ったけど、それももう聞こえない。すれ違うカップルの笑い声だって聞こえない。車の音も、子供が遊んでいる声だって聞こえない。

そう、その調子。忘れちゃえ、忘れちゃえ。

曲が変わった。さっきイケメン君が楽しそうに歌った曲だ。

眩しい笑顔が頭に浮かんだ。
おっさんに怒られてムッとする顔が浮かんだ。
色気様にちょっかいを出すいたずら顔が浮かんだ。
ライブに行こうと盛り上がった時の嬉しそうな顔が浮かんだ。

あ、私ダメかも。

予想外。
あんなに短時間でがっつり堕ちてしまったらしい。

胸が痛い。
思わず道端に立ち止まり、胸をトントントンと叩く。痛いのは叩いてるからですよー。あっさり失恋したからじゃありませんよー。


「お前、何やってんだ?」

バカみたいにトントンしていたらイヤホンが外れた。イヤホンが外れたらイケメン君の声が聞こえた。

「ほら、さっき言ってたアルバム。持ってきたぞ」

味気ない世界が、色を取り戻した。


「あと、これも書けってよ」

イケメン君がいかにもついでだというふうに差し出した紙は、白ひげ引越センターお客様にこにこアンケートと書かれていた。にこにこ、か。
私は道端で立ち止まったまま一言書き込んだ。

“すきになった”

「・・・あ、先に言うなよ」

私はふふっと笑って白い作業服の先を見上げた。数文字だけ書き込んだ紙をペラペラと振りながら言う。

「まだ言ってないよ?先に、どうぞ?」


白ひげ引越しセンターは
【色とりどりの生活をお届けします】




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