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「アンさっさと風呂入れ」
「んーちょっと待って、今中ボスなんだって。…ぎゃあ!」

リビングからアンの悲痛な声が聞こえた。泡立ったスポンジで食器を洗いながら零れた笑いは、自分で言うのも何だけど幸せってやつで溢れてると思う。

「サッチが声かけたから死んだじゃん!」
「いや、俺そんな特殊能力ねぇし」

「てか声で殺れるとかだったら、俺ってば超すごくね?」手を動かしながら顔だけで振り返っておどけると「え、なにそれすごい!アンはソファに沈んだままパタンと首を後ろに倒して笑った。
逆さになった視界になんか目ぇ回ると言いながらやめない辺りがすげぇ可愛い。
本当に可愛い。
心からそう思うけど、これは持ってはいけない類の感情で。

「さすが私の兄ちゃんだね!」

俺とアンは兄妹だ。
血縁もないし戸籍上も赤の他人だけど、俺たちは本当の兄と妹のように育った。十歳以上歳が離れているから、アンにとっては父親のようなもんかもしれない。

アンが幼い頃、アンの両親は不慮の交通事故で他界した。俺が高校に入りたての頃だ。
物凄く衝撃的だった。一人暮らし同然の生活を送っている俺のことをアンの両親はなにかと気にかけてくれて、その存在はとても有難くて。俺は笑いの絶えないアンたちが大好きだったから。

アンは泣かなかった。
葬式の席で大きな位牌を呆然と見つめているまだ幼いアンを、泣き虫のくせに涙のひとつも流せていないアンを、守ってやりたい。そう思った。

とは言っても赤の他人の俺達がこうして暮らすなんて常識で考えれば到底不可能なことで。
でも、俺達の前にそんな常識など容易に飛び越えてみせる人物が現れた。アンの母親の父。アンの祖父に当たる人だ。
とても心の広い大きな人間だった。今では俺もオヤジと呼ぶその人は、ちっさな手で俺の袖を握っているアンと、一緒にいてやりたいという俺の言葉を聞いて、愉快そうに笑って言ったのだ。

「上等じゃねぇか。アンを泣かせんじゃねぇぞ、ハナッタレ」

オヤジが俺に科した条件はそのだったひとつ。
アンを泣かせることだけは絶対にしないと、俺はあの日オヤジと何よりアンの両親に誓った。


「サッチーなにぼーっとしてんの?水勿体無いじゃん」
「あ?あーわりぃってお前高校生にもなって週末にゲームなんかすんなよ。外へ行け外へ行け」
「明日は出かけるもん。ってか海賊無双は別格だし?」

アンがケラケラと笑う。
その声を聞くと此方まで楽しくなって、幸せで。

「折角の青春を謳歌しナサイ。いい加減彼氏の一人でも作れってんだよ」


大切で大切で仕方がないから、
【君の幸せを願うこと】
俺にはそれしか出来ない。





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