当たり前のようにノックもせずに勢いよく扉を開けるとベットの上に寝ながらゲーム機と睨めっこする幼馴染が1人。
「明日も練習あんだから早く寝なさいよ」
「…練習ってもお昼からでしょ」
研磨は突如部屋に入ってきた黒尾を見て、あからさまにげっと嫌な顔をする。黒尾も隣に住んでるとはいえ、毎日とやかく言いに来るほど甲斐甲斐しく研磨の世話を焼いている訳ではないのだが、今日は出張から帰ってきた父親の土産を届けたついでに寄ってみれば、案の定いつもの光景が広がっていた。
「昼からだから言ってんだけど」
「…」
時刻はPM21:00。そこらの小学生でも起きている時間であるが、わざわざ黒尾が口出すのはやり始めたら朝までやり込みかねない研磨であるからだ。特に明日の練習は昼からなので、逆にたかを括って朝方までやりかねない。それを見越して黒尾は口を酸っぱくして言うと、罰が悪そうに視線を逸らしたので黒尾の予想は当たってたらしい。
「睡眠の質は大事って言ったろ」
「うるさいなぁ…」
「22時から2時は睡眠のゴールデンタイムだかんな!」
「…それを言うならクロも早く帰りなよ」
心底鬱陶しそうに言う研磨だが、諦めたようににゲーム機を片付け始める。なんだかんだ言いつつ、黒尾の言うことは聞くところが素直で可愛い奴だなと部屋を半ば追い出されながらも黒尾がそう思ってしまうのは甘やかしすぎかもしれない。
「クロ、まだいたんだ」
研磨の部屋を出たところでタイミング良くなまえとすれ違う。風呂上がりのようでtシャツに短パンの無防備な姿、おまけにほんのりいい匂いもする。報われない幼馴染ポジションだがこういう姿を見れるのは幼馴染の特権だと思う。
「あ、お土産ありがとね」
「おばさんにも言ったけど賞味期限近いらしいから早めに食べなね」
「うん」
あくまで平静。平静を取り繕いながら会話を成り立たせるのは黒尾の努力の賜物である。幼馴染の特権としてこうゆう姿を見ることも多いが、いつになっても慣れやしない。
流石になまえの部屋に入る際は研磨と違ってノックもするので、下着姿とか裸とかラッキーなハプニングのエロには遭遇してる訳ではない。しかし、普通であれば見られない無防備な姿にドギマギしない男などいないだろう。
「お前、髪まだ濡れてんぞ」
なまえの絹糸のように艶のある黒髪がしっとりと濡れている。高校入学時には肩にも届かないいわゆるショートボブの髪も、今や胸あたりまで長さのある綺麗なロングヘアになっていた。
「お父さん早くお風呂入りたかったみたいで、急いで出てきたから半分くらいしか乾かせてない」
「風邪引く前にちゃんと乾かしな」
「ここまで乾いたし、あとは扇風機じゃダメかな」
「仮にも女子なんだから、ちゃんとしろよ?」
夏場とはいえ、濡れたままでいると風邪を引きかねない。そもそもロングヘアというのは手入れが大変なはず。男のようにタオルドライやなまえの言うように扇風機などもってのほかだろう。
「クロにやってもらえば?」
「は」
「クロは本当に面倒見がいいね」
「いや、ちょっと待て」
研磨がひょっこりと部屋から顔を出す。黒尾の意見も聞かずに言い放つと、そのまま部屋を出て行った。なまえもなまえで「クロがしてくれたらその間本が読める」と黒尾の気なんて知りもしないで研磨の提案を受け入れるが、黒尾はたまったもんじゃない。
今までもなまえの髪を乾かしたことはある。彼氏がやるようなその行為に嬉しくない訳がないが、その度に理性との戦いと、それ以上に全く相手にされてないことを痛感し劣等感に苛まれるのだ。
「クロ、雑念があると睡眠の質落ちるよ」
階段を降りる直前、振り返ってニコリと笑う研磨は完全に悪意で満ち溢れている。なまえと違ってとうの昔に黒尾の恋心に気付いてる研磨は先程のゲームの邪魔をされた仕返しのつもりなのだろう。やっぱり全然可愛くねぇと黒尾は眉間に皺を寄せた。
「ハイ、おしまい」
「ありがと」
「研磨にも言ったけど、お前も夜更かしすんなよ〜」
なまえの部屋に入り、平常心平常心と心で唱えながらドライヤーをかけながらサラサラの髪の毛に指を通していく。髪を乾かしてる間は本を読んでいるのが黒尾にとって唯一の救いだった。余りにも唱えすぎて平常心ってなんだっけってなった頃にはなまえの髪もすっかり乾いていた。すぐに退散しようとなまえに声をかける。
「大丈夫、明日早いからもう寝る」
「なんか用事?」
明日の練習は研磨にも言ったようにお昼から開始であり、スケジュール管理をしっかりしてるなまえが間違うことはない。
「うん、赤葦くんと」
「え?」
「ん?何でそんな驚くの?」
「…赤葦とそんな仲良かったっけ?」
「本の話はよくするよ。明日も赤葦くんに本借りにいくの。向こうも練習前になるから朝早く行くんだけど」
「へぇ」
研磨の余計な一言が無ければこの情報は知ることはなかっただろう。幼馴染といえど交友関係に関して逐一報告をもらえる訳ではない。昔、なまえに彼氏が出来た時もサラッと事後報告されたくらいだ。
合宿の時を見る限りでは赤葦とは、特別仲良さそうにも見えなかったが、赤葦の性格を見る限り落ち着いてるところがなまえと相性が良いのだろう。多分まだその程度の仲。だけどその先は分からない。趣味が似ているのであれば尚更。
「クロどうかした?」
「いや、何でもねーよ。おやすみ」
「おやすみ」
知らなかった方が良かったのかも知れない。でも知ってしまったことは取り消せない。結局、研磨に言われた通り雑念にまみれた黒尾はその日は中々寝付くことが出来なかった。
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「…黒尾さんも来たんですね」
「この後一緒に練習だしね」
「黒尾さんも結構過保護ですよね」
「大事な幼馴染ですから」
「そんなに俺のことは警戒しなくてもいいですよ」
「そぉ?」
「今はまだ、ね」
ニコリと微笑む赤葦を見て、同じように社交辞令の微笑みを浮かべる黒尾だったが、ああ今夜も寝つけなさそうだと新たな何とも手強そうな恋敵未満の登場に頭を抱えるのだった。
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