「後生です!この通りです!お願いします!!!」
黒尾が部室のドアを開けると後輩である1年の山本がマネージャーである孤爪(姉)に土下座してる場面で黒尾は思わずドア閉めたくなった。
「何だぁ、山本。なまえに告白でもしたのかよ。男なら潔く振られろよ〜」
黒尾がドアを閉めるよりも先に一緒に来ていた夜久が、にやにやとからかいながら部室に入るとと「違いますよ!」と山本が真剣な顔で反論をする。
「バレンタインのチョコレートを手作りでお願いしたんです!!」
「おいおい、まだハロウィンが終わったばっかじゃねーか」
「バレンタインの前にクリスマスも正月もあるでしょーが」
夜久の言った通り、つい先日ハロウィンが終わって11月に入ったばかり。2月に入って世間がバレンタインムードになりチョコがもらえるかソワソワするのは男の性としてしょうがないにしてもクリスマスという恋人たちの一大行事すら迎えてない秋真っ盛りの今からバレンタインのチョコを気にするのは相当やばいやつだと黒尾と夜久は憐れみの目を山本に向けた。
「ほら、言った通りでしょ。山本は気が早いんだって」
土下座をされていたなまえも2人の加勢を受けて呆れたように山本を嗜める。
「では、御三方に聞きますが。俺がクリスマスまでの約2ヶ月弱で恋人ができるとお思いで?」
「…」
「バレンタインでチョコレートしかも手作りをもらえるとお思いで?」
「…」
「そうっスよ!!ハロウィンのお菓子ですら貰えなかったこの俺がバレンタインで手作りなんて貰えるわけないんスよ!認めたくないですが、義理ですら怪しいんです!けど誰だって貰いたいじゃないですか!?手作りチョコなんて貰えたら一生青春を思い出に生きていけますよ!貰えないならこうなったらお願いするしか方法はないんスよ」
山本の重すぎるバレンタイン欲に先に根をあげたのはなまえだった。
「はぁ、分かったよ」
「くれるんスか!?」
「上げるって言わなきゃ、これがバレンタインまで毎日続くんでしょ?」
「メールも入れれば、毎日毎時間お願いする所存です」
「…やめて。もうこの際バレー部みんなに上げるから絶対やめて」
「アザーっす!!」
バレンタイン貰えることが確定して大喜びする山本に対してなまえは物凄く面倒くさそうに顔を歪める。その表情は弟の研磨とそっくりで黒尾と夜久が笑えば「やっぱりクロと夜久にはあげない…」と不満そうになまえが呟いた。
___
あっという間に秋が終わり、山本が言ってた通りクリスマスまでに山本に彼女が出来ることはなく、気づけば年が明けて一年で1番寒くなる2月に入った。そして今日は13日。世の中の男どもが浮き足立つバレンタインの前日である。
「なぁ、なまえが明日ちゃんと用意すると思うか?」
「中身は研磨と同じDNAだからな、何とも言えん」
「顔は似てないけど、似たもの姉弟だもんな」
あまりにも山本が楽しみにしている明日のバレンタインだが、山本の先輩達であり、なまえ の同級生の3人は一抹の不安を感じる。
「とりあえず、板チョコ割って渡すのやめとけって言ったら、なまえは『加熱はする』と答えやがった」
「…期待はできねーな」
「なまえのことだったらチョコレート溶かして固めただけとかありえるね」
そう、問題は山本ではなくなまえの方だ。面倒くさがって適当にした結果、山本が落ち込むことは簡単に想像できた。黒尾が先に手を打っていたようだが、なまえの予想外の返しに夜久と海は苦笑する。
「お前、幼馴染なんだからもらったことねーの?」
「いや、ないな。そもそもなまえの中でバレンタインはチョコのイベントじゃない」
「はぁ?」
なんとなく夜久が黒尾に尋ねてみれば、よく分からない答えが返ってきて頭を捻る。夜久にとって、いや殆どの人にとってバレンタインと言えばチョコレート以外想像つかないだろう。すると、海がにこやかに「そういえば、」と口を開いた。
「バレンタインのチョコって日本特有なんだってね」
「そうそう。俺もさ、女の子なんだしやってみたらって言ったことあんだけどサ、
『女の子にとっての勇気を出して一世一代の告白する日を菓子会社の宣伝から始まった商業的目的である日本のバレンタインデーにわざわざする必要ある?』
って言われてぐうの音も出なかったわ」
なまえとのバレンタインのエピソードを思い出し、黒尾が呆れたように笑う。
「ハハッ!あいつすっげぇな。でも女子なんだし交換とかあんだろ?友チョコとかさ」
「同じ日に同じようなチョコレート貰っても嬉しくないだろって言って一切やってなかった」
「信念はまげないというか、興味ないことはとことんやらないもんなぁ。研磨もなまえも」
「流石、姉弟だよな〜」
孤爪姉弟は一見一緒にいても姉弟には見えない。性格も他人を気にしすぎる弟と違って姉は他人には無頓着。外見も中身も違うように見えるが、中核を担う部分は結構同じであることが2人が姉弟だと何よりの証拠だと夜久と海は思う。
「でも貰った子には律儀にホワイトデー返してたわ。しかもそれがめっちゃ女子ウケするお返しで、なおかつスマートにかっこよく渡すもんだからすっげー好評でさ、中学時代は毎年めちゃくちゃチョコ貰ってた」
「規格外すぎんだろ」
夜久は最初こそ、ただの美人と思ってたなまえが意外ととんでもない奴だと知ったのは2年に上がってなまえがマネージャーをしだしてからだ。それまでも黒尾から幼馴染だとなまえのことは知っていたが、なまえは図書室で静かに過ごす姿から図書室のお姫様なんて通り名がついていたので、そういうお淑やかなタイプだと思っていたのだ。興味本位でぶっ飛んだ事をしでかすなまえに最近では慣れてきて今みたいにゲラゲラと笑えるようになったが、最初は冗談か本気か分からなくて結構肝を冷やしていた。
きっと明日も何かやらかすに違いないと夜久だけでなく海も、そして誰よりもそれを知っている黒尾も明日が不安だと思いつつ、どこか浮き足立つ気持ちが少なからずあるのは彼らも男子高校生だから仕方がないのだろう。
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バレンタイン当日。山本がウキウキとした足取りで部室に向かうと、用意されていたのは可愛くラッピングされた生チョコでもクッキーでもトリュフでもない。
無造作に置かれた紙コップとココアと牛乳。
「うっわ、予想を遥かに超えてきた」
「なまえ、お前ほんと、相手のことちょっとは考えなさいよ」
「ある意味よく考えてるよね、」
いち早くなまえが何をするか気づいた夜久は自分の想像を超えてきたなまえにケラケラと笑うが、今日この日を待ち侘びていた山本の表情はみるみるうちにウキウキとした表情から曇っていく。黒尾はやっぱりなとなまえを嗜めるが、海の言う通り確かによく考えられたグレーゾーンギリギリで手作りなことには変わりはない。
「みずきさん、あの、手作りって」
「今からホットココアを作ります。山本の為に実演します」
「…手作りの概念とは?」
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