10年目のカタオモイ

小さい頃から知ってるこの姉弟は、それはもうとことんインドア派の姉弟だった。

昔っから弟の方は家でゲーム、姉の方は家で読書。それが趣味で特技。もはやそれは生きがいと言ってもいいような入れ込み用で高校生になった今でもこうして隣にいる姉の方は昼ごはんの片手間に本を静かに読んでいる。

伏目がちに読んでいるその横顔は長年見ているものだが、いつ見ても綺麗だと思う。伏せた長いまつ毛が、瞬きで目蓋を閉じるたびに揺れ、本をめくるその指先は細く白くて美しい。

音駒に入ってから図書室に入り浸る彼女に、いつからか図書室のお姫様なんてあだ名がついたことも納得がいく。

「クロ」

「ハイ?」

「彼女いる?」

急に本から視線を上げたと思えば、思いがけないことを聞かれる。真っ直ぐとこちらを見上げる瞳には、からかいや他意はないのだろうが、その真意は分からなかった。

好意を持つ相手に交際相手の有無を聞かれたら、思春期真っ盛りの男子高校生なんて勘違いの一つや二つしてもおかしくないが、相手は孤爪なまえであることを忘れてはいけない。

綺麗な顔して昔から人の考えの斜め上をいく奴だ。こちとら伊達に幼馴染10年、片想い10年してる訳ではない。こいつに恋愛的駆け引きが出来るとは到底思えないし、そもそも自分が恋愛対象として見られてるなんて甘い期待もしてない。

「は、なに急に。いないけど」

「じゃあちょっと手と胸貸して」

「…手は分かるけど胸って何に使う気」

ほら、見ろ。また訳わからないことを言い出したよ。

他者にはこれがクールでミステリアスだなんて言われ、長所として捉えられているが、今までそれに高確率で巻き込まれ、後始末に付き合わされてる幼馴染の身としては、ああまたかと頭を抱える。分かっていたのに、もしかしてとほんの少し期待してたことが恥ずかしくなる。

「いや、身長差大きいと色々不便って言ってたから気になって」

「説明になってませんが?」

「カップルの理想の身長差について検証したいのでクロちょっと手伝って欲しい」

他の奴ならまだ何言ってんだと思うかもしれないが、黒尾はなまえの言いたい意味がなんとなく分かってしまう。以心伝心みたいな完璧なものではないが、言葉が足りなくてもどうしたいのか何がしたいのかおおよそ検討がついてしまうのは、兄弟のように長年一緒にいるからだろう。しかし、それが良いこととは一概に言うことはできない。

「本気で言ってる?」

「うん」

手と胸を貸して。なまえ語のこれを意訳すると、手を繋ぐ。そして抱きしめてという事だと気づいた黒尾は決して顔には出さないが、どう返すべきか戸惑う。

冗談と流すか、ちゃっかり棚ぼたを狙うか…

チラリとなまえを見れば、恥ずかしがる様子は微塵もなく、そのたたずまいは飄々としている。曇りなき眼で何か問題でも?と言いたげな表情に、こっちの気も知らないでこいつは…と毎回なまえの一挙一動に振り回されてることなんて考えもしてないなまえに少し苛立つ。

「はい、ドーゾ」

「ありがと」

スッと立ち上がってなまえに右手を差し出した。正直、なまえの提案に俺に損は一つもない。敢えてゆうなら、まったく異性として認識されてないことを再認識したぐらいだ。それならば、これは日頃からの報われない片想いに神様が同情してくれたのかもしれない。

「理想の身長差は15センチなんだって」

「俺らの半分だな」

「繋ぎにくい?」

「いや、別に」

手を繋ぐくらいで真っ赤になって照れる歳ではない。…ちょっと意識はしてるけど。依然として横に立って手を繋いで喋るなまえは表情は変わらず飄々としてるいる。

ちょっとくらい照れてくれたらいいのに。少し意地悪するつもりで、小指をなまえの白い人差し指に絡ませる。それに驚いたのか、今まで手を見つめていたなまえの顔が黒尾を見上げた。

その表情は黒尾が望んでいた照れた様子はなく、キョトンとしていたのが、いつも振り回されてるお返しにしては些細な反撃ではあるが、してやったりとニヤッと黒尾が余裕そうに笑った。

「!」

しかし黒尾の反撃のターンは束の間で、緩められた指がなまえによって絡められて恋人繋ぎになると黒尾は余裕な顔から一転して耳まで真っ赤になった。

そして追い討ちをかけるように「じゃあ次はハグね」と黒尾の心の準備なんか待ったなしで、今度は腰に腕を巻きつけるなまえに黒尾はぎょっと驚いて立ちすくんだ。動けない身体と違って、心臓だけが早鐘のようにバクバクと打ち続ける。

え、これ抱きしめていいの?俺の宙に浮いて行き場のないこの両腕はどうしたらいいの?いや待て。とりあえず平常心を装え。平常心平常心平常心…

ラッキースケベとは違うが、あまりにも俺にとって都合良すぎやしないか、10年も報われない恋を憐れんだにしても神様ちょっと出血大サービスしすぎじゃないかと不安になる。

「これ、無差別にやってないよな」

「昨日、研磨にしたら相手は信用出来る人しかやっちゃダメって言ってたからクロにしかしてないよ?」

何度もしつこいようだが、相手は孤爪なまえなのだ。こいつならやりかねないと恐る恐る聞いてみれば、弟の研磨に止められたらしい。研磨よくやった!放課後なんか奢ってやろうと心に決めた。研磨に先にやってることはこの際水に流すことにする。

「信用か、まぁいいか」

「?」

報われないことも多いポジションであるが、幼馴染の美味しいところも多いのも事実だ。異性として全く認識されてない訳だけど、他人にさして興味ないなまえに信用されるのは結構凄いことだと思う。おずおずと背中にまわせばなまえは嫌がることなく黒尾の胸にぽすっと顔をうずめた。

「なまえ」

「何?」

「検証できたのかい」

「身長差あるとさ、不便って聞いたけど…」

「ん?」

「私は結構アリだと思う」

黒尾の問いに顔を上げて、黒尾を真っ直ぐみつめて答える。その眼はからかいや他意はない。そう思ったからそう発言しただけなのだろう。また勘違いしそうになる頭を、脳を懸命に働かせようとしたけど、血液は顔に集まってほてるだけだった。

惚れたもん負け。こいつに一生振り回される運命も悪くない。


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