それは、青くなる前に


「千冬?」

返事をしない俺にキョトンとしながら顔を覗き込んでくるなまえさんはきっと何も知らない。「おーい」となんの気なしに頬っぺたをつねられる。動揺を悟られないようになまえさんの頬っぺたを握り返してやった。

「千冬いひゃい」

「仕返しっスよ」

「お前ら何やってんだ」

マヌケに頬っぺたをつねりあう俺らを見た場地さんが呆れたように笑う。パッと手を離してやると頬をさすりながら「最近の千冬は生意気だ」とプンプン怒っていた。いや先に手を出したのはアンタだ。

「場地に似てきたんじゃないの」

「なまえさんは場地さんにもマイキー君にも似てますよね」

「…」

褒め言葉として送ったつもりが、心底嫌そうに顔を歪められた。その顔が最初に会った日を思い出させる。

『うわ、痛そ』

『え』

『それ場地にやられたの?大丈夫?』

『いや違、』

『違ぇよバカ』

ノックもなしに入ってきたその人は俺の顔を見るなり、俺よりも痛そうに苦い顔をする。あまりにも自然に入ってきたので場地さんの姉妹かと思ったが、名前の呼び方からして違うらしい。答えるより先に場地さんがワッと怒鳴るが怖がる様子もなく、むしろお構いなしで『救急箱どこだっけ』と話し始めた。

『下に不良がいっぱい転がってたけど、あれやっぱ場地の仕業か』

『おー!ムカつくからのしてやった』

『新学期から元気だね』

『えと、彼女さんスか?』

間に入れないくらい仲良さそうに話してるからそう尋ねた時の2人の苦虫をかみつぶしたような顔がちょっと面白かった。よほど嫌だったらしい。今もあの日と同じように顔を顰めてるのがなんだかデジャブのように感じる。

後から幼馴染だと聞いた。場地さんにも、あのマイキー君にですらズケズケと、それ以上はやめた方が…と心配になるくらい踏み込んでいくのを見ると今だに冷や汗がでる。でも気づいたらケラケラと何事もなかったように笑い合っていて、10年来の親友って感じがして少し羨ましかった。

「そうだ!この間三ツ谷がね、」

2人に似てると少し自覚があるのか、これ以上この話題を掘り下げたところで何の得にもならないと思ったのかサラッと会話を変えられる。なんとも言えない微妙な顔からパッと明るくなった。コロコロ変わる表情は見てて飽きない。

「この間言ってた謎の女の子なんだけど、あれ柴君のお姉さんなんだって!」

「へぇ、よかったじゃないですか」

「いやー、片思い強制終了コースじゃなくてよかったよー」

安心したようにふにゃーっと笑うなまえさんに相槌を打ちながらこの人ほど不器用じゃなくてよかったと心からホッとする。半分は本当、残りは嘘が混じった俺の言葉に気付きもしないでいつものように嬉しそうに三ツ谷君の話を続ける。

「!」

「バイクの音で分かるって凄えっスね」

「うるさいな。…ねぇ、私変じゃない?」

三ツ谷君のバイクの音が聞こえるとあからさまにソワソワしだす。その横顔は完全に恋する少女の顔だった。

あーあ、どうせなら。初めから叶わないと分かっていたならもっとドラマチックな、それこそ自分なんか割って入る気すらなくなるくらいだったら良かったのに。この人の想う人が場地さんであれば喜んで身を引けたのに。なんて行き場のない気持ちが八つ当たりのようなことを考えてしまう。

「いつも通りっス」

「千冬は見た目カッコいいのに中身が残念というか、配慮が色々足りてないよね…」

三ツ谷君の事は嫌いじゃないし、邪魔する気も奪い取る気もこの気持ちを言うつもりすらない。ただ、もう少し意識してくれたっていいのにとは思う。簡単にカッコいいとか、さっきみたく自然に触られるこっちの身にもなってもらいたい。

そんなに気にしなくてもいつも通りで十分綺麗なのに。言葉通り受け取ったなまえさんは「お世辞でも言ってくれたらいいのに…」と不服そうに呟いた。あえて言葉足らずだったことを訂正しないのは、俺の真意なんか微塵も気にしてないなまえさんへの腹いせかもしれない。

「よし」

「健闘を祈ってます」

「あとで話聞いてね」

髪を手櫛で整えて小さく気合を入れる。話しかけに行くだけなのに緊張した面持ちのなまえさんにこちらも神妙な顔をして親指を立てる。そんな俺をみて緊張が少しとけたのか、ふわりと笑って三ツ谷君の元へかけてく後姿をただ見守っていた。

「み、三ツ谷」

「おー。みょうじも来てたの」

「うん、さっきまで場地とかと遊んでて」

三ツ谷君の話をする時は饒舌で明るいのに、三ツ谷君の前だと途端にしおらしくなる。場地さんがこれでも大分マシになったと言っていた。話しかけに行くだけかなり進歩したらしい。場地さんはなまえさんにはかなり甘い。

「あ…」

「ん?」

「なんかついてる」

「サンキュ」

恐る恐る伸ばした手が三ツ谷君の肩に触れる。ここからじゃよく見えないが、枯葉か何かついてたようだ。そうでもしなきゃあのなまえさんがスキンシップなんて高度なこと出来るわけがない。三ツ谷君に頭をくしゃりと撫でられると、その狼狽え具合が遠目で見ても分かった。俺に頬っぺた触られようが全く動じないくせに。

きっとあのテンパってる様子だと、三ツ谷君が愛おしそうになまえさんを見つめてるのに気づいてない。三ツ谷君もそれなりに態度に出してるはずなのに。三ツ谷君の気持ちも俺の気持ちも鈍感なあの人は考えもしないんだろう。

「千冬ぅ、何見てんだ」

「なまえさんの狼狽えっぷりを」

「あいつらどう見たって両思いのくせに。何で気づかねぇかなぁ」

「…なまえさん、自分への好意には鈍感っスもんね」

さらに距離を縮める三ツ谷君に慌てふためくなまえさんを見ながら場地さんと笑う。

最初から終わりを告げてるこの恋心はきっと実ることはない。青い果実になるどころか、好きと自覚する前に終わってしまったこの想いは痛みもさほどなく、綺麗な花のまま後は散るのを待つだけ。

「なまえさん生きてます?」

「多分2回くらい心臓止まってた…」

「でしょうね」

「でも三ツ谷、かっこよかったぁぁぁ」

それでもいつか思い出した時、青春と呼ばれるには程遠いかもしれないけれど、いつかこの想いが青く感じる日が来るのかもしれない。

花を飛ばしそうなくらい嬉しそうななまえさんの話を聞きながら、青くなる前の恋心をそっと心の奥にしまい込んだ。



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