「おい、お前なんでここにいんだ」
「えへ」
授業終了のチャイムが鳴ると待ってましたと言わんばかりにひょっこりとなまえが顔を覗かせた。俺の質問に答えることなく誤魔化すようにへらへらと笑う。俺の席に辿り着く前に、三つ編みでハーフアップにされ緩く巻いた髪型をクラスの女子に褒められると「親友にしてもらったの」と嬉しそうに話していた。
「…今日は三ツ谷とデートなんだろ?」
「うん。そうなんだけど!でも、お昼食べてからなんかもう死にそうになってきて…」
この間の集会で、始業式が終わったらデートだとニコニコと話していたはずだ。エマにやってもらったであろうそのヘアスタイルもきっと三ツ谷の為にしたもの。なのに半べそかいて今にも泣き出しそうななまえ。その理由は簡単だった。
夏休み中に付き合うようになったコイツらはちょこちょこ遊んでたようだが、夏祭りや海に行った時はエマやマイキー、もちろん俺もいた。そんな訳で今日までどっかに2人で出かけるということはなかったらしい。「今度出かけね?」と三ツ谷に言われた時は勝手にいつものように東卍メンバーもいるつもりだったらしく、見ていて心底不憫になった。もちろん三ツ谷が、だ。
「すっぽかす気かよ」
「はぁ?そんなことする訳ないじゃん!三ツ谷と初デートだよ?」
「なら早く行けよ」
「まだ時間あるからちょっと話聞いてくれたっていいじゃん!今私は嬉しさと緊張でせめぎ合ってんだよ!」
何を馬鹿なこと言ってんの?という態度にムカついて鞄を持って席を立とうとすれば、必死で腕にしがみついてくる。三ツ谷が絡むと普段の3割り増しでアホになるのは片想いの頃から変わらないらしい。
「…どこ行くんだよ」
「バイクでお台場の方」
「お前行きたがってたじゃん。良かったな」
「えへへ、三ツ谷も前話してたこと覚えててくれたんだ〜」
こうなったら放っておくより話を聞いて送り出す方が吉。教室を出て、ゆっくりと廊下を歩きながらなまえの話に耳を傾ける。さっきまでの思い詰めた顔から、三ツ谷を思い出してふにゃふにゃと幸せそうに笑う姿を見る限り、なんだかんだ上手くいってるようで安心する。まぁ三ツ谷の方は気苦労絶えないだろうけど。
校内から出ようと下駄箱で靴を履き替えようとするなまえはフラフラとして危なっかしい。体幹が全くないと言っても過言ではないコイツは片足を上げて靴を履くにも一苦労。転けないようにと当然のように俺の腕を掴んで支えにするのはいつものことで、今や当たり前のように手を貸すのが俺とマイキーの癖みたいなものだったりする。
「早くしろ」
「ちょっと待って」
モタモタしているなまえを見下ろしてた視線をあげると見知った顔があった。すぐに声をかけようとすると、口元に人差し指を当てて静かにしろとジェスチャーされる。なまえはまだ靴を履くのに手間取っていてまだ下を向いてるからか、静かに近づくあいつに全く気づかない。流れるように俺からなまえの手を取る姿に、意外と独占欲強いんだなぁと内心少し驚いた。
「あ、ありがと」
「どういたしまして」
「ひっ、三ツ谷!?」
ようやく顔をあげたなまえに三ツ谷はにこりと微笑んだ。俺だと思ってたらしいなまえは小さく悲鳴をあげる。俺から奪うような態度が嫉妬から来るものだとか、悲鳴を上げたことがだいぶ失礼だとは急に現れた三ツ谷に驚いていっぱいいっぱいになってるなまえは微塵も気づいてなそうだった。
「みょうじのことだから場地んとこ逃げそうだなって」
「う、逃げたわけでは」
「お前行動読まれすぎだろ」
付き合って一ヶ月強くらいなのに行動パターンが読まれすぎてて声を出して笑う。すると三ツ谷の陰からなまえに余計なこと言うなとジロっと睨まれたが三ツ谷がいるからか普段睨まれるより全く凄みがない。
「あ、場地!猫いるよ、猫」
「おー」
「なんか場地に似てない?おーい場地にゃんこーおいでー」
「人の名前勝手に使うな」
3人で途中まで一緒に帰ってると空き地にハチワレの黒白の野良猫が一匹。なまえが俺に知らせるように服の袖をグイグイと引っ張った。昔から猫や動物を見つけると1番に俺に報告してくるのはなまえの癖になってるのかもしれない。
極自然に行われた俺に触れるその仕草を見て、三ツ谷が面白くなさそうに顔を歪める。三ツ谷らしくないその顔に思わず吹き出すと、今度は三ツ谷にジロっと睨まれた。なまえは呑気に人の名前を猫につけて呼ぶが猫は一切近寄ってこず警戒したようにこちらを見ていた。
「みょうじの方が似てね?」
「確かに!なまえー」
「自分だって人の名前勝手につかってんじゃん!」
まだ成猫じゃないのか、あどけない顔つきがどこかなまえに似ていた。なまえと勝手に名付けてチッチッと呼ぶと猫は警戒心を解いたのかぴょこぴょこと近づいてきて甘えるように足に擦り寄ってくる。
「おー、このなまえは可愛いなぁ」
「むかつく!」
「なまえ」
「へ」
ニャアと小さく鳴いて甘える猫を抱き上げる。猫と比べるように言えば、ムスっと頬っぺたを膨らまして怒るなまえだったが、急に三ツ谷に名前を呼ばれるとキョトンとして目をパチクリさせた。
「おいで」
「ちょ、三ツ谷、からかわないでッ」
一呼吸おいてから自分が猫のように呼ばれてると気づいて見る見るうちに顔を赤く染める。三ツ谷の冗談をやめさせようと近づいたせいで腕を掴まれて、そのまま引き寄せられる。
「場地、こっちのなまえだって十分可愛いぞー」
「!?」
「病院連れてった時の猫みてぇ」
「よしよし。こわくないこわくない」
「それはジブリだろ」
「そうだっけ?」
同じ男として三ツ谷に同情することが多かったが、案外と手を焼くハメになるのはなまえかもしれない。三ツ谷に至近距離で猫にするように頭を撫でられるなまえのフリーズした姿にそう思っていた。とゆうか俺は何を見せられてんだ。
「髪もエマに可愛くしてもらったんか?似合ってんじゃん」
「〜〜!!」
「…こんなとこでイチャついてねぇで早く行けよ」