しくものぞなき


「三ツ谷」

「あ?」

「訂正する」

「えーっと…?」

三ツ谷を呼び止めてガッシリとその両方を掴む。急な俺の行動に困ったようにポリポリと顔を掻く三ツ谷だったが、構うことなく話を続けた。

「ほどほどにしとけって言ったけど、あいつくっそ鈍感だから」

「あー、みょうじの話?そういやそんな事言ってたっけ」

「好きなだけいけ。俺が責任とる」

「お、おー。なんか分かんねーけどありがとな」

三ツ谷にベタ惚れの癖に肝心の三ツ谷の気持ちに全く気づかないなまえ。自分に惚れてるなど思ってもみないらしく、三ツ谷が名前で呼んでたという知らない女を気にして落ち込んだりする始末にほとほと呆れていた。

なまえをどうこうするより三ツ谷に発破かけたほうがいいのでは?と頭の悪い俺でも気づいてしまったのは、何の進展もしない2人にいい加減飽き飽きしてきた6月のこと。2人から話を聞いてる分、余計にストレスが溜まってきていた頃。「頑張れよ」と強引に三ツ谷の背中を押してやった。決して面倒くさくなった訳ではない。あくまで善意である。

その日の夜にバイクで三ツ谷に送られたなまえから鬼のように連絡が来ていたが気づいたのは翌日。返事を待つどころか放課後には血相変えたなまえがやってきて「三ツ谷が不良になった」と訳の分からないことをほざいていた。三ツ谷は元から不良である。よっぽど焦って頭が回ってないらしい。

三ツ谷もウブななまえに遠慮してあからさまなアピールをしてこなかったのをやめて態度を変えたようだ。優しくて穏やかな三ツ谷しか知らないなまえはタジタジになって困り果ててるようだが、このままいけば2人がくっつく日も近いとそう思っていた。しかしそれは甘かったらしい。

「三ツ谷って意外と冗談とか言うんだね」

「は?」

「あとパーソナルスペース狭いよね。距離が近い時があってびっくりする」

「…」

「え、何?」

「いや、何でもねぇ」

梅雨が明けて本格的に夏が始まり出した。あれから三ツ谷がなまえを特別扱いするようになったのは誰が見ても目に見えてわかる変化だった。しかし肝心の本人は一切気づいてない事実に空いた口が塞がらない。三ツ谷と両思いなんて微塵も思ってないことに驚愕する。

「お前もうちょっと自信もてば?」

「マイキーの爪煎じて飲もうかな」

「それはやめとけ…」

___


最近の三ツ谷は意地悪だ。私の反応が面白いのかよくからかわれる。それに困惑する反面、ちょっとずつ仲良くなってきたのかと思うと嬉しかった。そしてその新しい一面でさえも三ツ谷の好きなところになってしまってる。やっぱり私は三ツ谷にとことん惚れ込んでしまってるらしい。

ちょっぴり意地悪なところも、いたずらっ子みたいに笑うのもどんどん好きなところが増えていって抜け出せない。沼にはまってしまったようだ。そもそも私は三ツ谷の何を最初に好きになったんだっけ。大人っぽくて気遣いできるところ?穏やかなところ?いや穏やかな人は喧嘩なんてしないか。

「最近さぁよく思うんだけど。結局、三ツ谷だから好きなんだよね」

「恋愛の哲学っスか?」

東卍の集会が終わってひとけが少なくなった神社の階段に座り込む。一緒に帰る約束をしてるマイキーはまだ幹部達と話し合ってるのか降りてくる気配はない。同じく場地を待ってる千冬に何気なく話し出すと、千冬は難しい話を聞いた時のようにキョトンとした顔をしていた。

「そんな大層な話じゃなくて。好きなタイプと好きになる人の違い。私、短い髪あんまり好みじゃないんだよ。いやロン毛もそんな好きじゃないな」

三ツ谷の好きなところを思い返してると意外と自分の好きなタイプと違っていた。けれど三ツ谷が世界一かっこよく見えるし、私の理想を詰め込んだ人が現れても私は迷わず三ツ谷を選ぶ自信がある。「長すぎると見てて鬱陶しいし」と言葉を続けるとピクッと千冬の眉が吊り上がった。

「場地さんへの宣戦布告なら俺買いますけど」

「おお、強火オタ怖…。好きな髪型の話じゃんか。場地は似合ってるしいいんじゃない?私は去年くらいまでのが好きだけど」

悪意はなく言ったつもりが、千冬には馬鹿にされたと引っかかったらしい。場地のことになると沸点が下がりすぎやしないか。プンスコしている千冬に笑いながら弁明する。私の好きな髪型は目にかかるかかからないかくらいの長さ。色は特にこだわりはなくて柔らかい雰囲気であれば良い。そう例えば今の千冬のような。

「へぇ、短すぎず長すぎずってとこですか」

「そうそう。目にかかるくらいの長さかな。千冬のも結構好きだよー」

「俺は猫じゃないっスよ」

刈り上げたマッシュヘアーの髪に手を伸ばす。想像通り少しふわっとして柔らかい猫っ毛。本当に猫みたいとそのままをわしゃわしゃと撫でるとペット扱いされたと伝わったのか千冬がムスっとした顔になる。それこそ本当に猫がふてくされた時のような表情。

「よしよし千冬は可愛いなー。いやー、でもかなり好きかも。千冬の」

髪の毛と言葉を紡ぐことが出来なかったのは、千冬を撫でていた手が掴まれたからだ。その手の持ち主を見て私はひゅうと喉が短く鳴る。掴まれた手を辿った先に千冬ではなく、三ツ谷がいたから。

驚いたせいで体制が崩れて階段から落ちそうになる私を片腕で支えたまま、いとも簡単に腕を引っ張られてそのまま立ち上がらされる。三ツ谷のその細腕のどこにそんな力があるのか甚だ疑問だが、それを聞けるような雰囲気ではないのだけはなんとなく分かった。

「大丈夫か?」

「ご、めん。ありがと」

「三ツ谷君、チッス」

「話割り込んで悪いな。みょうじちょっと貸して」

「ハイ。場地さんら待ってただけなんで大丈夫っス」

「今終わったとこだから、場地もすぐ来ると思う」

千冬にニコッと笑いかける姿は、いかにも優しげな先輩に見える。幹部会が終わったと知った千冬はペコっと頭を下げて場地の元へと階段を駆け上がって行った。

一方、何か言いたげな三ツ谷の視線がチクチクと刺さって居心地が悪い。なんだか嫌な予感がするから私もマイキーと帰りたいと思うが、私の手は未だに三ツ谷に捕まったままで身動きが取れない。私には了承取る気はないのか、そのまま無言で歩く三ツ谷の後を追うしか私の選択肢はないようだ。

「あの、三ツ谷?」

ようやく立ち止まった三ツ谷に恐る恐る声をかける。ジィッと私を見る目が、何か抑えきれない感情で満ちているようだった。三ツ谷に離された手が、触れてた部分がまだジンジンと熱が籠っていた。

「…場地がさ、みょうじはくっそ鈍感って」

「そんなこと」

「あるよ。俺が今何考えてるか分かんねーだろ?」

そう言って小さく笑う姿が少し悲しそうに見えた。でも三ツ谷の言うように何考えてるかなんて分からない。私はうっすら雲がかかった朧気な月に照らされる三ツ谷が綺麗すぎてそんなこと考える余裕すらない。いつだって自分の感情でいっぱいいっぱいになる。

「前に俺と話すの緊張するって言ってたじゃん」

「うん、」

「俺のこと意識してくれてんのかなーとか思ってたけど、違った?」

「…違、くない」

ゆったりとした穏やかな声色なのに、獲物を狙うような鋭い目がアンバランスで。それがどこか魅力的で逸らせなくなる。その目から逃げられないと本能が告げる。私の恋心はもうバレてるらしい。潔く認めようと思ってなんとかだした声は、情けなく震えて掠れていた。

「そう言ってくれるってことはさ、少しは期待してもいいんだよな?」

私の顔を覗き込んで首を傾げる三ツ谷に息が止まりそうになる。酸素が脳に回らなくて、三ツ谷の言葉の意味が全く頭に入ってこない。誰か噛み砕いて説明してほしい。期待?私に?とりあえず返事をしなきゃと思ったけど、口をぱくぱくと開いては閉じるだけで結局は何も言えずにコクコクと必死に頷くので精一杯だった。

「千冬に好きとか言ってっから。ちょっと、いやかなり焦った。何でか分かる?」

「う、え?いや、分かんないッ」

変わらない距離の近さが、目の前にある三ツ谷の整った顔が余計に私の思考能力を奪っていく。はたからみたら落ち着きはらって優しげな口調に聞こえる質問も私には究極の二択を迫られ、自白を強要される気分になる。すがるものを探して視線を彷徨わせるが人の気配もないどころか、遠のくバイクの排気音が聞こえた。マイキーのバブの音も。あいつ私と帰る約束したの忘れてやがる。

「俺、みょうじのこと」

「ちょ、ちょっと待って!それ以上聞いたら私多分死んじゃう。心臓爆発するから!」

「結構待ったんだけど」

「いや三ツ谷こそ私のこと分かってない!今日の私、三ツ谷を過剰摂取しすぎて限界なの。だから無理です!」

心臓が爆発する前にとうとう思考回路がショートしたらしい。思考停止した私はなんとか三ツ谷の話を遮ろうと、訳の分からないことを口走り始める。

「過剰摂取って、何だそれ」

「だって三ツ谷近いし、かっこいいし。そもそも私、三ツ谷のことものすごく好きだもん。多分三ツ谷が引くレベルだからね?まつ毛の先まで大好きだもん!」

フッと呆れたように笑う三ツ谷もかっこいい。こんな時までそう思ってしまう私は、正常に脳が働かなくても三ツ谷を好きだと身体に染み付いて理解してるらしい。…あれちょっと待って。私今勢いでとんでもないこと口走ったような。

「そっか、俺も好きだよ」

やってしまったとおずおずと見上げた三ツ谷が、月夜に照らされて幸せそうにうっとりと笑ってる姿に眩暈がした。



照りもせず、曇りも果てぬ春の夜の、朧月夜にしくものぞなき
(さやかに照るのでもなく、といって全く曇ってしまうのでもない、春の夜のおぼろにかすむ月の美しさに及ぶものはない)



「待ってって言ったのに!三ツ谷はやっぱり意地悪だ…ッ」

「好きな子には意地悪したくなんだよ」

「〜〜ッッ」

雲が晴れて美しく輝いてるはずの月が霞んで見えるくらい、私は三ツ谷しか目に入らない。



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