春の夜の


「みょうじ?」

引っ越してしまった小学生時代の友人の家に遊びに行った帰り。ここら辺って二中の学区だよなぁ、三ツ谷に偶然会っちゃったりして…なんて淡い妄想をしながらすっかり暗くなった夜道を歩く。

と言っても三ツ谷の家の場所なんてとうに把握済みで同じ学区内といえど、どうせ会うことはないと分かっていた。ちなみに私の名誉の為に言っておくが、家を知ってるのも場地やマイキーのバイクに乗ってる時に何度か寄ったことがあるだけで、決してストーカーではない。そもそも三ツ谷の家付近をあえて1人で彷徨くなど私に出来るわけがない。

そんな風にたかを括って散歩がてらボケっと下を見ながら歩いていると急に後ろから名前を呼ばれる。振り返った先に月明かりに照らされた三ツ谷が立っていた。

「わ、三ツ谷!?え?三ツ谷?」

「驚きすぎだろ」

想像もしてなかった三ツ谷の急な出現に飛び跳ねるように驚く。いや妄想はしたけども。まさか本当になるなんて思ってもなかった。いやそれより私絶対マヌケな顔してた。いや待て、今一人で白線の上しか歩いちゃダメゲームしてたの見られたのも大分やばい気がするぞ。

三ツ谷がケラケラと笑う姿にときめいてる場合ではない。それでも私の身体は急上昇する血圧を抑えることもできず、ドクドクと心臓が脈打つ。いつものように直視できなくなって視線を彷徨わせると、三ツ谷の隣を見てサァーっと全身の血の気が引く感覚と同時に妙に頭が冴えてきたのがわかった。

「何してんの?」

「えーと、友達んち寄って帰るとこ」

「1人?危ないし送ってく」

「いや友達に悪いしいいよ」
 
三ツ谷のすぐ隣にいる女の子をチラッと見る。友達と言ってしまったけど、彼女だったら申し訳ないなと様子を伺うような私の視線に気づいたのかニコッと微笑まれた。普通に立ってるだけで美人、そして笑ったら可愛い。こんな子に敵いっこない。曖昧に微笑み返したものの、私の完封負けは目に見えていてメンタルが崩れ落ちそうなのを堪えながら震える膝に力を入れる。

「あー柚葉?こいつ家すぐだし。たまたま会っただけだから」

「や、ほんと大丈夫」

「全然よくねーから」

「じゃあマイキー呼ぶし」

「うちの総長軽く使うなよ」

三ツ谷の口から彼女だと紹介という名の死刑宣告を受けることはなかったけど、現状が良くなった訳ではない。マイキーを呼ぼうとすると呆れたように三ツ谷が笑う。「じゃあ場地に」と言う前に、顔は笑ってるのに断固として譲らない三ツ谷に半ば強引に家まで送り届けられることになった。

___


「場地!!」

「朝からうるせぇな」

昨日のことが頭から離れなくて、朝から場地の家に乗り込む。小さい頃から知ってるからかおばさんは「久しぶりねぇ」と少し驚いていたがすぐにこやかに迎え入れてくれた。

「おはよう。眠そうだね」

「…昨日寝んの遅かったんだよ。ふあ、ねみぃ」

「へぇ。で、話があるから起きて欲しいんだけど」

「おい、ちったぁ俺に配慮とかできねぇのお前」

「日頃喧嘩三昧で散々迷惑かけてる奴に言われたくない」

眠いのか機嫌悪そうに目を擦る場地を気にせずに話をしようとすると眉間の皺が深くなる。普通の人ならそれだけでビビるような鋭い眼光だが、怯むことなく言い返す。何年幼馴染やってると思ってるんだ。マイキーや場地にかけられた迷惑を考えれば私の話を聞いて欲しいなど可愛い我儘の範疇に収まる。まぁ、朝早かったのはちょっと悪いなとは思うけど。

「で、何だよ」

「三ツ谷と仲良いむっちゃ美人の子誰か知らない?」

「知らねー」

「ロングの!かっこいい感じの!シュッとした美人!」

「知らねえって。そいつが何なの」

「名前で呼んでた…。私なんてやっとさん付け抜けただけで大喜びしてたのに」

「ふーん」

昨夜、放心状態で家に帰った私は不思議と涙はでなかった。それもそうだ。私の恋は自己満足でいつだって見てるだけ。三ツ谷がモテることなど知ってたこと。それを目の当たりにするとこんなにダメージ喰らうなんて思ってもみなかった。

「場地と違って三ツ谷モテるもんなぁ…」

「喧嘩売るなら話聞かねーぞ」

「違うよ。場地は普通にしてたらモテるじゃん」

「興味ねぇよ」

「だよね。ガリ勉スタイルするくらいだし、ビジュアル捨ててるもんね」

「お前らが形から入ればっつったろ!」

「あそこまでしろとは言ってない」

昨日の出来事が頭を埋め尽くして、どんよりとしていた気持ちが場地と話をするうちに少しずつ落ち着いていく。場地は全力で応援してくれるわけでも、親身になって心配してくれるわけでもないけれど。いつも通りふざけ合いながら、ただ話を聞いてくれるだけで心に溜まってたモヤが晴れていく。

「…私、もうちょっと頑張ろうかな」

「別にお前のペースでよくね?」

「いや、今回私の不甲斐無さに改めて後悔したと言うか、やるだけのことはやっておきたいなって」

「でもお前、三ツ谷と2ケツしたんだろ?」

「そうなんだけど…。ん?何で場地が知ってんの」

「あ」

___


「急に何だよ」

場地の元に訪れたのはなまえだけではなかった。なまえが来るより前日に三ツ谷が来ていたのだ。時刻は日付が変わる少し前。その思い詰めたような顔に何かあったのかと心配になる。

「後ろ」

「後ろ?…おっ前、脅かすのとか辞めろよ。今から寝んだゾ」

「…後ろにみょうじ乗せた」

三ツ谷は団地のすぐ前にバイクを停めていた。階段を降りてきた俺に向かって歯切れ悪く、ボソッと一言だけ告げる。幽霊がいるとタチの悪い冗談を言うつもりなのかとちょっとビビったのがバレないよう取り繕うように声を荒げる。しかし、三ツ谷は真剣な表情のまま。俺は予想もしないオチに一瞬身体が固まる。

「は?なまえと2ケツしたってこと?」

「おう」

「おい待て、三ツ谷。それだけの報告する為にわざわざ来たのか…」

「うっせーな。お前以外にみょうじのこと好きなん言ってねーししょうがねーじゃん」

「帰れ。俺は寝る」

「ペヤング買ってきたけど」

「食ってる時間だけ話聞いてやる」

結局、三ツ谷の話にも付き合ったせいで寝るのが遅くなった。その分昼過ぎまでゆっくり寝るつもりだったのに、今度はなまえが朝から訪ねてきて叩き起こされる始末。三ツ谷にも聞いてた惚気を今度はなまえから二度も聞く羽目になると思うと眠さも合わさって余計に苛立つ。けれどなまえはそんな俺にさして気にもせず話し出し、その内容はまたも俺の予想を外れるものだった。

なぁ三ツ谷。お前は大喜びしてたけどこいつはそれどころじゃなかったみたいだぞ。ほどほどにしろとは言ったけれど、あまりにもなまえに伝わってない三ツ谷の恋心に流石に可哀想になってくる。

俺が口を滑らしたせいで何で三ツ谷とバイクに乗ったのを知ってるのかと不思議そうにするなまえだったが、ちょうど千冬がやってきたおかげで上手いこと誤魔化せた。ああでも三ツ谷には何て言うべきか新たな問題が浮上する。気長に見守ると思っていたが、とっととくっつけばいいのにと溢れそうになるため息を押し殺した。



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