「三、三ツ谷!」
「ん?」
「私!三ツ谷に!話があるんだけど!」
「おお…」
一世一代の覚悟を持って三ツ谷を呼び止める。勢いよすぎて自分でもびっくりするくらいの声が出た。私の大声に流石の三ツ谷も驚いたようで、パチパチと瞼が閉じる度に長いまつ毛が揺れている。
緊張しすぎていつもなら真っ直ぐ見れない三ツ谷の顔が綺麗だなぁとか、キョトンとした顔がちょっと可愛いなぁとか頭の隅っこでぼんやりと思う。いわゆるこれは超集中状態、ゾーンと言われるやつ?なんて馬鹿げたことを考えていたのは一種の現実逃避だったのかもしれない。
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「場地ぃー!聞いて!!」
「あー?」
「私とうとう言った!三ツ谷に!」
しょっちゅう場地の学校にやってくる私に驚く人は少なくなった。最短ルートで場地のクラスに直行し、なんなら仲良くなった生徒に挨拶しながら我が物顔で場地の前の席を陣取る。ふふんと自慢げに笑ってみると眠そうな場地の目がカッと見開いた。
「え、お前告ったの!?」
「は?そんなこと出来るわけないじゃん」
一番近くで私の奥手っぷりを見てるはずの場地からとんでもないこと言われて馬鹿じゃないのという真剣なトーンで返す。いや恋している以上、告白して交際することが目標な訳だが私にはハードルが高すぎる。普通に喋るのだって一苦労なのに。今の私には見ているだけで十分幸せな恋である。
「じゃあ何だよ」
「ドラケンと付き合ってないって言った!」
「…おっそ」
褒めて欲しいとばかりににこやかに宣言すると場地は興味を失ったようにサッと目を逸らされる。たしかに映画に誘ったのは、東京卍會が結成して少し経った夏が始まった頃。今はもうすでに夏も終わり、秋真っ盛りどころかもう冬の匂いがしている。
「だって!しょうがないじゃん〜。今になって否定するとか、三ツ谷からしたら急に何?って話でしょ」
ふざけてんの?と言う場地の無言の圧力に頬を膨らませながら反論する。あの時すぐに否定すれば良かったのは私が一番分かっている。日が経つに連れて余計に言いづらくなるし、わざわざ自分から出す話題でもないし、そもそも三ツ谷と2人きりで喋るなんてまずほとんどない。場地とか第三者が普通にサラッと否定してくれれば良かったのに。いや、あれ?待てよ。
「てか私は場地が訂正してくれてると思ってたんだけど」
「…人に頼るのは良くねぇぞ」
そうだ、そもそもこんなに日が経ってしまったのは場地のせいでもある。あの日場地がそれとなく言ってくれるはずじゃなかったか?私ペヤング奢らされたよな?
「場地?」
ジトっと場地を睨みつけると今度は困ったようにゆるゆると目を逸らされる。私が昨日三ツ谷に言うまでどれほど大変だったと思っているんだ。
「今度のクリスマス協力してやるから」
「それは大変有り難いけど辞退します」
「は?なんで」
「心臓持たなくて天に召されるもん。遠くから眺めとくだけで十分なんで」
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「場地」
名前を呼ばれて振り返ると、ジト目の三ツ谷がそこに立っていた。放課後の教室で見たなまえと違って子どもみたいに頬を膨らますことなく、不服そうに顔を歪めるその表情はマジ怒りの顔だった。
「お前、知ってたろ」
「いや、勘違いしてたのお前くらいだぞ?マイキーですら知ってる」
「嘘だろ…」
なまえからドラケンの事を誤解だと聞いたらしい三ツ谷はじっとりした目で俺を睨みつける。それに悪びれることなく、エマとドラケンのことなんて周知の事実を知らないのは三ツ谷だけだと伝えれば、驚愕した様子で目をまん丸にさせた。
「大体なんでなまえとドラケンなんてありもしない組み合わせになんだよ」
「みょうじさん人見知りだろ?」
そう言った三ツ谷に何て答えるか一瞬悩んだ。なぜなら、小さい時から知っているがなまえは人見知りなんかする奴ではないからだ。他校の奴ともすんなり仲良くなってしまうくらいコミュニケーション能力も高い。俺のクラスメイトなんてまさにそうだ。けれど三ツ谷にはそう見えていないらしい。
「あんま他の奴と喋んねーじゃん」
「そうか?」
返事のないことを気に留めず、すぐ横に座り込む三ツ谷にそれはお前の前だけだと喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んで曖昧に笑う。
そう、人見知りと間違われるくらい他の奴と喋んないのは三ツ谷がいる時限定の話だからだ。三ツ谷が気になって他の奴らにかまけてる余裕がなくなるのである。俺はもう奥手どころか初恋を拗らせてると思っている。本当に幼馴染にはろくな奴がいない。
「場地とマイキーとは幼馴染だから仲良いのは分かんだけどさ、ドラケンとも仲良いだろ?俺と知り合うのとそう変わんねーのに。よく遊びに誘ったりしてたし。だから付き合ってんだなーって」
三ツ谷がいなきゃ普通に接していることを三ツ谷本人は知ることはないのだろう。俺とマイキーへの態度は小さなころからの癖みたいなもんらしくいつもと変わらないのが余計に三ツ谷の誤解を生む原因だったらしい。
そしてドラケンに関しては多分エマとの関係を取り持つ為であってなまえはドラケンなんか眼中にない。最初から三ツ谷一筋だ。でもこれも三ツ谷が知ることは当分ないだろう。今日の様子だとなまえが告白する気はなく、片想いのまま終わらせかねないから。
「お前もっとスマートなやつかと思ってた」
「あ?」
「まぁ、そういう奴の方があいつには合うと思うけどな」
みんなのまとめ役で頭も良く、容量もいい三ツ谷。それがなまえが関わるとこうも周りが見えなくなるなんて。その事実は口にせずとも相当惚れ込んでることが伺えた。
「誤解だったわけだし、俺もちょっと頑張ってみようかな」
「あー、まあ、そうだな」
以前、なまえに三ツ谷と上手く喋れないと泣きつかれた事を思い出す。アホみたいな話だがなまえにとっては死活問題で、俺やマイキーなど気心知れた奴がいない中で三ツ谷と喋るのは相当根気がいると話していた。晴れて誤解が解けた三ツ谷が今まで以上に急接近したら、なまえ死ぬんじゃないかと危惧する。
「…もしかして場地も」
「いや、違ぇ!俺もあとマイキーもあいつのことはそういう目で見てねぇし」
「だよな!恋敵が場地とか気まずい」
なまえを心配して煮え切らない返事が新たな誤解を生んだらしく三ツ谷はとたんに怪訝そうに眉を顰める。慌てて弁解すると三ツ谷は安堵したようにほっと息を撫で下ろした。こいつやっぱりなまえが絡むといつものように頭が回らなくなるらしい。
「ほどほどにしてやれよ」
「おー」
三ツ谷は返事をするが本当の意図は分かってない様子に、このままだとあいつクリスマス前に本当に死ぬんじゃないかなとマジで心配になってきたが、めんどくさくなってそれ以上考えるのをやめた。