照りもせず


「三、三ツ谷」

「ん?どうした?」

「あの、明日なんだけど…暇、だったりしない?」

「おー。何も用事ねぇけど」

「ほら先週から公開された映画あるでしょ?明日観に行こうと思ってるんだけど、一緒にどうかな…?」

それは昨日から何度も何度も頭の中でシュミレーションした会話だった。やっと三ツ谷が1人になったタイミングに決死の覚悟で話しかけたのだが、振り返った三ツ谷の微笑みを浮かべた顔にシュミレーションなどすっ飛んで頭は真っ白になる。

この映画は三ツ谷が観たがってたこと、ヤンキー映画だから女友達とは観に行きにくいこと、さらにはマイキーやドラケンは既に観に行っていてるから仕方なく三ツ谷を誘ってる体を装うことも上手く会話にねじ込ませたかったのだけれど。現実はシュミレーション通りには上手くいかない。

普段ですら照れてろくに会話が出来ない私にはつっかえながらも映画に誘うという要点を三ツ谷に言えただけで及第点。昨夜のイメトレ千本ノックの成果にむしろ大満足の出来である。

「あー、行きてぇんだけどさ。ドラケンに悪いし辞めとくわ」

「えっと何でドラケン?」

「何でって、お前らそうゆう仲だろ?」

「ん?いやちょっと」

「ドラケンもああ見えて女心わかんねーのな。マイキー優先しすぎないよう俺からも言っとくよ」

___


「ねぇ信じられる!?私とドラケンのどこをどうみたら付き合ってる風に見える訳??ビックリしすぎて何も言い返せなかったんだけど!」

「その三ツ谷に言わない分を俺に言うの辞めろ」

サラッと誘いを断られ、ニッと悪戯っぽく笑って去っていった三ツ谷は相変わらずかっこよかった。勘違いしてる姿すらかっこよかったけども。一晩経ってからフツフツと怒りが込み上げてきた。行き場のないこの思いを発散させるべく、幼馴染の通う学校に乗り込んで昨日の一連の話を捲し立てながら伝える。そんな興奮する私につまらなそうに少し特徴的のある眉をよせた。

「だって!三ツ谷を前にしたら私が上手く喋れないの知ってるでしょ」

「まぁ、お前が映画誘おうとしただけ進歩だな」

「場地…!やっぱ私の親友は場地だけだよ」

嫌そうに顔を歪めながらもきちんと話を聞いてくれるのが場地の良いところだ。何考えてるか分かんないと言われることも多いが、意外と面倒見が良かったりする。おかげで私の三ツ谷に対する片想いの愚痴や惚気を聞くのは場地が全てを担っていると言ってもいい。

「他所の学校まで駆け込んできて言うことじゃねーけどな」

「だって愚痴を言いたいけど、三ツ谷のことよく知らない子に三ツ谷を悪く言われると嫌だし…」

「じゃあマイキーにでも聞いてもらえよ」

「話の途中で寝る奴なんか知らない。ほんとあの唯我独尊男信じらんない」

「お前も割とそうゆうとこあるぞ…」

場地と幼馴染である私はもちろんマイキーとも幼馴染の腐れ縁である。むしろ家が隣の為、場地よりも少しばかり長い付き合いになり今も中学も同じ訳だけど。私だってマイキーがちゃんとしたアドバイスをくれるなんて思ってはいない。長年の付き合いで食べたらすぐに寝ることなんて分かりきっていた。

だけど、とにかく誰でもいいから話を聞いて欲しくて先に話を聞くことを条件に購買のパンを奢ったのだ。しかし、私がボルテージが上がって話に夢中になってる間にもぐもぐと食べ進め、気づけばイビキをかきながら寝こけたマイキーがいた。

人の気も知らず、気持ち良さそうに寝ているマイキーを蹴り飛ばさなかった私をどうか褒めてあげてほしい。マイキーの件を含めてエマに聞いてもらおうと思ったが、よくよく考えると親友のエマの好きな男と付き合ってると勘違いされたなんて言える訳なかった。

「…三ツ谷ってかっこいいし優しいしオシャレだし喧嘩強いし」

「おい、急に惚気に変わったな」

「料理も裁縫も上手いしまつ毛長いし横顔綺麗だし」

「は?まつげ?」

「なのに、なのに恋愛は鈍感とかなんなの…」

マイキーからドラケンを紹介されて、それから少し経って三ツ谷を紹介された時のことはいまだに鮮明に覚えてる。マイキーや場地と違って大人で気遣いが出来る三ツ谷のことを知れば知るほどどんどん目で追うようになってこれが恋だと自覚するのにそう時間はかからなかった。

「女好きよりいーじゃん」

「三ツ谷は女好きじゃなくても、三ツ谷がモテるんだよ。勝手に女の子が寄ってきちゃうんだよー」

「ならとっとと告れ」

「…デート誘うのにどんだけ私が時間かかったか分かってて言ってる?」

「お前、三ツ谷の前だとキャラ違ぇもんな」

「うっさい」

三ツ谷の前ではしおらしくなるなまえを思い出して場地がケラケラと笑い出す。出会って2年程経つが、いまだに三ツ谷の目を見て喋れない。2人で話すどころか挨拶ですら儘ならない。そんな奥手を極めるなまえが今回の映画に誘うことになったのも、あまりにも進展しない関係性にエマに「他の子にとられてもいーの!?」とけしかけられる形でようやく一歩踏み出したところだったのに。

結果は断られたあげく、他の奴と付き合ってると勘違いされ、しかもそれを応援されたも同然の扱いになまえは当分三ツ谷に話しかけるどころか、近寄る自信はない。机に項垂れ込み、あからさまに落ち込んだなまえに場地は、はぁとため息を吐きながらポンポンと頭を撫でる。

「今日アイツらと遊ぶけど、なまえも来るか?」

「三ツ谷と合わす顔ないから行かない。てか行けない」

「三ツ谷には俺がそれとなく言っとくから」

「場地ッッ!!やっぱり私には場地だけだよ!一生ついてく」

「はいはい」

「一生ペヤング奢る!」

「まじか!それはヤベー。テンション上がるわ」

___


恋愛に関して初すぎる幼馴染の世話を焼くのはこれが初めてではない。喧嘩以外てんで役に立たないマイキーの代わりに今までなまえの話を聞いてきたのは俺だ。適当に無視すると怒りだすので素直に聞くのが一番だと長年の経験が言っていた。

なまえもマイキー程ではないが自己中心的な所があるのは本人の生まれ持った性格というより俺達の悪い部分が似てしまっているのだろう。そう思うのは昔はもっと素直だったし、理不尽に振る舞うのは俺かマイキーにだけだからだ。特に三ツ谷の前では借りてきた猫のように静かになる。

「三ツ谷ぁー。お前、なまえと映画なんで断ったの」

集まりだした中に三ツ谷を見つけて声をかける。せめてなまえとドラケンの事だけでも上手く誤解を解いてやらねば、幼馴染の恋路に先はない。本人がとっとと誤解だと話せばいいが、普段のなまえと三ツ谷のやり取りを目の前で見てる限り、そう上手くは行かないことは目に見えて分かっていた。

「は?…場地も誘われてたのかよ。なら行けば良かったな」

「いや誘われてねぇし。お前に断られたって聞いただけ。別にダチと2人で遊ぶくらいいいじゃん」

「そりゃみょうじさんはそう思ってるだろうけどさ」

「?」

「俺はみょうじさんのこといいなって思ってっから。勝手に想ってるのは許されるけど、下心ありながら遊ぶのはなしだろ。ドラケンに不義理できねーよ」

なまえの恋愛相談、いや相談と言うほど真面目な物ではなく三ツ谷がかっこいいだの微笑まれただのしょうもない三ツ谷の話を聞くことはしょっちゅうだったが、まさか三ツ谷もなまえに惚れてるなんて思いもしなかった。おもわず口をあんぐりと開けるが、三ツ谷には気づかれなかったようだった。

「あのさ、お前」

「ん?」

「いや、やっぱいーわ。いつか本人から言わすから」

いつからなのかとか、もう両思いな事とか言いたいこと山ほどある。だが、恋愛が不得手ななまえが今すぐに三ツ谷と上手く交際出来ることが想像出来なかった。絶対なまえが空回ってすれ違って自然消滅と容易に想像が出来て苦笑する。下手に自分が動かない方が2人の為になるとなまえも三ツ谷のこともよく知ってるからこそ見守るという選択肢を選ぶことにした。当初の目的だった三ツ谷の誤解を解かずにこの際放っておくことにする。

「場地!」

「あ?」

「さっきの誰にも内緒な。みょうじさんにも」

「おー、今度ペヤング奢れよー」

そのうちなまえだけじゃなくこいつの相談も乗る羽目になるのかと思うと、面倒くさくておもわず眉を顰める。だけど三ツ谷の話を至極幸せそうにするなまえのはにかむ顔を思い出すとしょうがねぇよなぁとほくそ笑む俺を見て、不思議そうに三ツ谷が首を傾げていた。



return



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -