『お誕生日おめでとう』
もう少しで付き合って一年になる彼女から0時ぴったりに来たメールは拍子抜けしてしまうくらい、シンプルな内容だった。もちろんhappy birthdayとか、三ツ谷にとって良い一年になりますように…とかなまえらしく可愛くデコレーションしてある。時間をかけて作られたことも分かる。しかし、暗い部屋の中で携帯が三ツ谷の顔を照らした。その顔は浮かない表情だった。
お礼とともに『まだ起きてる?』とメールを返せば、すぐに返事が来た。上着を掴んで、ルナとマナが起きないように音を立てず、こっそりと部屋を出ながら電話をかける。いつもならかける前に確認するけれど、明日は日曜日で、遊びに行く相手も自分自身。それに今日くらい好き勝手しても許されるだろう。三ツ谷は呼び出し音を聞きながら、自分の行動を正当化していた。
「もしもし」
「もしもし?え、三ツ谷どうしたの?」
「その前に言うことねぇの」
「あ。お誕生日、おめでとうございます?」
「ん、ありがとな」
まさか電話がかかってくるとは思ってなかったらしくなまえの声は上擦っている。半ば強制的に尋ねると、敬語の疑問文で返ってきて三ツ谷は玄関の前で小さく笑った。
「電話大丈夫だったか?」
「全然平気。なんかあった?」
「メールも嬉しかったんだけどさ、俺はなまえから一番に電話かかってきたりしねぇかなぁって思ってたんだけど」
中3にもなって子どもっぽいと思うが、三ツ谷は実はちょっと楽しみで寝つけなかった。付き合ってから初めて迎える誕生日だったから。0時ちょうどに携帯が鳴ったが、それは待ち望んでた着信の通知ではなくてメールを知らせるライトが光っていた。ガッカリとまではいかないけど、それなりにショックだった。
「電話しようかと思ったんだけど、」
「うん」
「その、恥ずかしくて。それに他の子から連絡とかあるかなとか思ってたら…」
やっぱりな。三ツ谷もなんとなく予想はついていた。いつまで経っても照れ屋で奥手ななまえの考えることなんて、もう手に取るようにわかる。きっとメールは用意してギリギリまで電話をするかしないか悩んでいたに違いない。その前に三ツ谷の方が我慢出来なくて電話かけられることになっていた。
「付き合ってんだから、なまえが最優先っていつになったら覚えてくれんの」
「う、ごめん」
「…いいよ。明日代わりに色々してもらえるだろうし」
「え?」
「誕生日だもんなー、俺」
電話越しでもなまえがしゅんとしょげてるのが、いとも簡単に想像できた。妹達の優しい兄である三ツ谷もなまえ相手だと少し雰囲気が変わる。ついつい好きな子にちょっかいかける中学生男子らしいそんな表情。からかいを含んだ三ツ谷の声になまえは話が読めず、「え?」と戸惑った声を出す。
「マイキーが誕生日はなまえからなんでも我儘聞いてもらえるって言ってたぞ?」
「いや、ちょっと待って。それは語弊が、」
三ツ谷の言った言葉に途端になまえは慌て出す。かなりリサーチをかけて、三ツ谷のプレゼントを用意しているなまえだったが、このままだとそのプレゼント以外のものを要求されそうだ。
「明日、いや今日か。会うの楽しみだわ」
「あの、できる限りお祝いするけど、限度ってもんがあるからね」
「例えば?」
「…ほ、ほっぺにちゅーまで、なら…」
マイキーの我儘なんてアレ食べたいコレ買ってくらいだが、三ツ谷は絶対にそれで済まない。三ツ谷がなまえのことをよく理解してるように逆も然り。優しくて穏やかなことが多いけど、同じようにこうしてからかわれることも多い。決死の覚悟で言ってみたけど、自分でも本当に出来るか分からない。それすらお見通しの三ツ谷に「お!大きくでたなぁ」と笑われた。絶対に出来ないと思ってる様子になまえも流石に悔しくなる。
「じゃあ、逆に三ツ谷は何して欲しいの?」
「んー、」
こうなったら三ツ谷のして欲しいことやってリベンジしてやる!と意気込んでなまえは尋ねる。
「そろそろ、名前で呼んでくれたらなとは思うけど」
「…」
「なまえチャンには難しいかなー。いまだに三ツ谷だもんな」
「で、出来るもん!!」
完全にからかわれてるのは分かっているけれど、私だってやるときはやるんだ! なまえはそう意気込んでいたが、数時間後に三ツ谷を目にしたら名前を呼ぶこともほっぺにちゅーするのも、とんでもなく時間がかかって、また電話の時と同じく三ツ谷の方が我慢出来なくなるまであと少し。
「三ツ谷、あの、その」
「ん?はやく」
「ちょ、っと待ってってば」
「ずっと待ってんだけどなぁ」
もじもじと顔をリンゴのように真っ赤にするなまえの頬にキスを落とすと「はい、次はなまえの番」と三ツ谷がにっこり笑うのを見て一生三ツ谷に敵わないとなまえは悟った。