いぬぴーとここ

とあるコンビニの前、1人の男がいた。立ってるだけで絵になるような人目を引く容姿。本人は至ってぼーっと立っているだけだが、その見た目のせいか物思いに耽るようにも、儚げにも見える。コンビニに訪れた女性達はチラチラと視線を送るがその視線にも、視線の意味にも気づく気配はない。

「いぬぴーっっ!!」

「走るな。こけるぞ」

ぼんやりとしていた乾の目にチョロチョロと動き回るものが映り込んだ。顔を輝かせてかけ寄るなまえとは対照的に乾は無表情のまま。可愛らしく抱きつくというより、体当たりに近い全力の追突を受けるも、表情は変わらずにヒョイと抱き上げる。

その流れるような動きになまえは「んふふ」と満足そうに笑う。それを見ながらようやく乾もほんの僅かに薄く微笑んだ。甘えるように乾と首に細腕を絡ませると、キョロキョロとあたりを見渡した。

「あれ?今日はここと一緒じゃないの??」

「ココは今買い物してる」

「なまえもおなかへったぁ」

「そうか。何か食べに行くか」

「イヌピー、また甘やかしてんな…」

タイミングよくコンビニで買い物を終えた九井が自動ドアから出てくる。すぐになまえを抱えた乾を見つけてげんなりとした顔をした。やいやい言いながら、時には喧嘩をしながらもなまえの面倒を見る東卍メンバーと違い、乾は九井の言うように存分に甘やかすのだ。

それは乾が初代黒龍に憧れるだけあってか、なまえへの対応が彼らに似ているらしい。なまえが抱っことせがめば手を差し伸ばし、腹を空かせてればご飯に連れて行ってくれる。それも嫌な顔一つせず当然のように行うのだ。本人たちには自覚はないが、側から見ればお姫様扱いのようにしか見えない甘やかせっぷり。

「? 別に甘やかしてない」

「自覚ないのが余計にタチ悪ぃ」

「? いぬぴーって食べたら甘いのー??」

「アホは黙ってろ」

「む。ばじよりもかしこいもん!ここの大富豪!」

「悪口なってねーよ」

しかし、まるで本人は甘やかしている自覚がない。乾にとっては周りの尊敬する人たちのやってることを真似てるだけなのだ。今も軽く九井にデコピンされたオデコを押さえながら、喚いているなまえの頭を優しく撫でる。どうせなまえのことだから空っぽの頭をそんな風に大切に撫でる必要なんてないのに。それを眺めながら、無自覚イケメンなんて本当にタチが悪いとがっくりと肩を落とした。

顔が良く、クールなのに自分だけには優しく甘やかしてくれるなんて、なまえでなければ初恋相手となってもおかしくないだろう。なまえの口から「いぬぴーと結婚する」との言葉が出たときはホラやっぱりな…と九井は天然たらしの親友に呆れたもんだ。しかしその後「美人だから第一夫人にすんの」と聞いた時は腹が捩れるほど笑ったのだが。

「ここー、おなかへったよ」

「菓子でも食っとけ」

「チョコ!!」

子どもらしく純真無垢といえば聞こえがいいが、それ以前にアホの子である。そうだ、頭の中は空っぽではなく、食べ物のことで埋まってると言ってもいい。先程の発言といい、今だって九井のコンビニで買ったお菓子に釘付けだ。

黒龍に心酔している乾と違って九井はそれほどなまえを甘やかすつもりはない。それでも乾がいる以上それなりに尊重して扱ってるつもりだ。コンビニで適当にカゴに入れておいたチョコレート菓子を与えるとキラキラと目を輝かせる。

「イヌピーどっちがいい?」

「もしやそれはハーゲンダッチュ…!?」

「なまえ、アイスがいいなら俺のと交換するか?」

「いいの!?」

「イヌピー…」

コンビニ限定で新発売された期間限定のアイスを取り出すと乾以上になまえが反応した。この間「これ美味そう」と珍しく呟いた乾の為にわざわざ買ってきたというのに。すんなりなまえに渡してしまう乾の優しさを誇りに思う反面こんなアホ丸出しに優しくしたって何の得にもならないのにとも思う。そもそも、もう既に半分くらい貪り食ってるチョコレートはもう交換とは言わない。

「これはイヌピーの」

「いぬぴーがくれるって言った!」

「くれるとは言ってねぇ。てか、これは俺とイヌピーのだから」

「ココ、じゃあ俺のはなまえとはんぶんこするから」

乾に渡すはずだったアイスになまえが手を伸ばした。その手を避けるようにアイスを手元に引く。きゃんきゃん喚くなまえに困ったように乾が眉毛を八の字にする。乾を困らしたいわけじゃない。まるで甘やかす父親と口煩い母親のようで「ああ、もう」と九井は盛大にため息をついた。

「帰りに新しいの買ってやるから今はそれ食ってろ」

「さすが石油王…!」

「おい、その石油王設定いい加減やめろ」

「じゃあドラ息子?」

「なんでここで悪口になんだよ」

九井が仕方なさそうに言うと無邪気に喜ぶ姿は確かに可愛らしい見える。佐野家の末っ子だけあってか、黙っていればそれなりに可愛らしいのだ。ただ口周りにべったりとついたチョコと、いまだに九井のことを金回りがいいから石油王と思い込んでるアホさ加減のせいで素直に可愛いと認めたくない。

輪ゴムや石ころ、牛乳びんのフタなどどこで拾ってきたのか何に使うか分からないような物ばかり入ってるなまえのカバン。そこから乾が勝手知ったる様子でライオンの巾着ポーチを取り出す。姉のエマが入れてくれたポーチの中にはハンカチやティッシュなど必要最低限のものが入っており、慣れた手つきでチョコまみれのなまえの口周りを拭いてやる。

「だいたい、真一郎くんに言ったら何でも買ってもらえるだろ」

「…しんいちろーにおねがいするのやだ」

「は?」

「世の中等価交換なんだって」

口を拭かれながらもごもごと5歳児の口から出た言葉とは思えない難しい言葉に乾と九井は首を傾げる。先程のドラ息子発言のようにまた間違った意味で言葉を覚えたのかと思ったが、そういえば思い当たる節があった。なまえの塩対応をなんとかして改善させようと真一郎が物で釣っていたことが何度かあったのだ。最初こそおやつ欲しさにしていたなまえもとうとう嫌気がさしたらしい。

「そういやなまえ1人か」

「うん」

「珍しいな。マイキーはどうした?」

「……」

むすくれたなまえに話題を変えようと真一郎と違って大好きな兄のマイキーの名前をだすとさらに顔が歪む。

「どうした?」

「今日は男だけで海に行くんだって」

「置いてかれたのか」

「いいもん。今日はいぬぴーと遊ぶもん」

いつもマイキーの後ろをくっついて回っているが、喧嘩だったり遠出する時は今日のように置いていかれることがある。なまえもマイキーに似て気分屋なところがあるので素直に見送ることもあれば、拗ねることもある。どうやら今日は後者らしい。チョコを食い終わって空いた手でギュッと乾にしがみついた。

「そうだな、じゃあココと3人で海に行くか」

「ほんと!?」

「あー、もう。イヌピーはまたそうやって甘やかす」

「ココは行きたくないのか?」

「ここー、ここも一緒にじゃなきゃさみしいよー」

「…」

乾となまえは悲しそうに眉毛を下げ、きゅるんとした目が九井を見つめる。それは子犬が反省してこちらの様子を伺うような仕草でシュンと垂れた耳が幻覚で見えてしまうくらい。九井が「…仕方ないな」と返事をするのにそう時間はかからなかった。

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