わかとしんいちろー

兄である真一郎のバイク屋にやってきたなまえはヒョコッと店内を覗き込んだ。煌びやかなバイクがズラッと並ぶ中、御目当ての人物を見つけてパァッと顔を明るくさせる。そして愛らしい笑顔を浮かべたまま、その人物へとかけよった。

「あ?……なまえ!?」

軽やかなリズム良くなる足音に真一郎はバイクから視線を上げた。その音の正体がにこやかに走って来るなまえだと気付いて、うちの妹が世界一可愛い!!とキュンとなる胸を抑える。朝、家を出た時はムスくれた表情で、真一郎が近寄ろうとするもんなら子犬が威嚇するように唸っていたなまえが両手を広げてかけよって来るのだ。可愛い以外の何者でもない。

マイキーそっくりで寝起きの悪いなまえは、真一郎がかまえばかまうほどさらに機嫌が悪くなっていく。仕事を頑張る鋭気を養おうとベタベタとする真一郎と寝起きのすこぶる機嫌が悪いなまえの朝の戦いは佐野家では日常の光景である。ちなみに今朝は行ってきますのちゅーを求める真一郎に容赦なく飛び蹴りを食らわしていた。

正直、真一郎にとってはぷんぷん怒るなまえも可愛いが、やはりデレるなまえは最上級に可愛い。すぐに手に持っていたバイク用の工具を放り投げて、なまえが飛び込んで来れるようしゃがみ込んで両手を広げた。

「なまえおいで!」

「や」

「え…?」

しかし、なまえはふるふると頭を振ると真一郎のすぐ前に座り込んでいた若狭の背中へピョンと飛び乗った。真一郎が鬱陶しいと思っているなまえがわざわざこうしてバイク屋まで遊びに来るのは真一郎以外の初代黒龍メンバーに会いにくる為である。

「わかー」

「おう、お嬢」

「んふふ、わかは今日もかっこいいねぇ」

それも真一郎には見せないような満面の笑みで背中に引っ付くと、頭をぐりぐりと押し付ける。「お嬢」なんてどこぞの組の娘のような物騒な呼び方だがなまえはむしろ嬉しそうに笑う。なまえ曰く「かっこいい!大人の女って感じがする…!」らしい。

保育園児といえど子ども扱いされたくないお年頃。お嬢呼びが大人なのかは分からないが、とにかく女の子はおませなのだ。若狭を筆頭とした初代黒龍メンバーはそんななまえの子どもらしいこともすんなり受け入れ、大人扱いをしてくれる正真正銘の大人達だ。そんな訳でなまえは東京卍會とはまた違い、初代黒龍のメンバー(当然、真一郎を除く)には懐いている。

「わか、あそぼー!」

「遊びてぇけど、お嬢の兄貴がえらく機嫌が斜めだからなぁ」

「しんいちろー機嫌悪いの?わかとケンカしてまた負けた?」

振り返りながらなまえと視線を合わせていた若狭がチラッと気遣うように真一郎に目を向ける。そこでようやくなまえがようやく兄の方を見た。そのぶすーっと不貞腐れた顔を不思議そうにキョトンとした顔のまま見つめる。その顔は真一郎に見向きもしないで若狭に抱きついてることが原因だとは全く分かっていなさそうなポカンとした表情。それなのに核心をつくような事を言うので真一郎は余計に顔を歪めた。

「ケンカはしてねぇけど、何か怒ってるみてぇ」

「テメェがなまえに気に入られてんのが気にくわねぇんだよ」

真一郎よりも若狭に懐いているなど誰が見ても明白で、喧嘩するまでもなく不戦勝に近い。真一郎は悔しそうに「俺なんかかっこいいなんて言われたことねぇもん…」とボソボソと文句を垂れる。

「真ちゃんは女の扱い下手くそだもんね」

「うるせ」

「だからこないだ助言したろ?」

「お前に言われた通りなまえをお姫様扱いしたけど余計に悪化したわ」

長い付き合いの真一郎の歴代の振られっぷりを思い出したのか、ニヤッと笑う若狭をジトリと睨みあげる。しかし効果はないらしく、小さな笑い声が漏れていた。

それでも妹に嫌われてるのは流石に不憫に思い、女の扱いの下手な真一郎にも分かりやすく「なまえのこと尊重してやれよ。ほらレディファーストって言うだろ」となまえの嫌がる子ども扱いを辞めるように助言したが、余計に悪化したらしい。

レディファーストをお姫様扱いと勘違いして真一郎が構いまくるのが容易く想像できて、もう何やっても無駄だと呆れる。真一郎を不憫に思って若狭や明司が仲を取り持つようにするが、大体がその真一郎によって余計になまえを怒らせるのだ。どうやら今回もなまえの機嫌を損なわしたらしい。

「なまえはお姫様みたいなヤワな女じゃないもん!」

「お嬢はいい女だもんな」

若狭はハァとため息を漏らしながら、ぷんすか怒っているなまえの気を紛らわせるように膝に乗せた。ここまでくれば兄の方が悪い。可愛いからと構いすぎるから悪いのだ。なまえのフォローをする若狭は実の兄より兄貴らしく見える。

「ほんと!?じゃあ大っきくなったら、わかと結婚したあげる!」

「ほう。そりゃ楽しみだ「断固反対!!!」

プンプン怒っていたなまえも、途端にキラキラと瞳が輝いて声を弾ませる。なまえの中でカッコいい大人代表である若狭。そんな若狭に褒められて、とびきりの笑顔を見せた。若狭もなまえの柔らかい髪を撫でながら、子どもの口約束にすぎない話に合わせようと返事をすると遮るように真一郎が叫んだ。

「結婚なんてお兄ちゃん許しません!」

「しんいちろー、うるさい」

「俺だってまだなまえにお兄ちゃんのお嫁さんになる!って言われてないのに結婚なんて絶対許さねぇ」

「いや、絶対言われねぇよ。諦めな」

どうやら『なまえの結婚』は真一郎にとって地雷を踏み抜いたらしく、ギャンギャン騒ぎたてる。なまえは小さな手で両耳を塞いだ。そんな塩対応をされているのに、「お兄ちゃんと結婚」なんてどこから自信が来るのやら。若狭はどうしようもない兄がいることになまえの方が不憫になり、またよしよしとその頭を撫でた。

「そういや前は青宗と結婚するって言ってなかったか?」

「おいコラ待て。聞いてねぇ。ちょっと青宗呼んでこい。人の妹たぶらかしやがって!説教してやる」

「いぬぴーは第一夫人にするの。お顔がきれいだから」

「ぶは、まじか」

ついこの間は黒龍の後輩である乾と結婚するーと騒いでた。理由を聞けば「いぬぴーってイケメンなんだって!」なんて答えになってない事をキャッキャッと楽しそうに話してた。ついでに結婚相手の条件も決めたのだと初代黒龍の前で発表もしていたのだ。しかし自分が嫁になるのではなく、乾を嫁にもらうと言う意味だったらしい。発想があまりにも自由すぎて、若狭も思わず吹き出してしまう。

「はるちょもね、お嫁さん候補なんだけどやだって言われたの」

「それは残念だな」

「ちょっと待て。なまえの求婚を断るなんて許せねぇ。春千夜も呼んでこい」

「どっちにしろ怒るんじゃん」

どうやら三途にも目をつけてるらしい。断られたようだが。どっちにしろ騒ぎ立てる真一郎を軽く流しながら、若狭はふと疑問が浮かんだ。マイキーについて回ってるからかなまえの交友関係は広い。誰とでも仲良しだが、昔から1人特別な奴がいるはずなのだ。

「圭介は?」

「ばじ?」

「そう、場地」

「ばじはなまえにいじわる言うからやだもん」

マイキーの幼馴染で、喧嘩しながらも面倒見がいいからかよく懐いているらしく、なまえ話してるとよく名前が出てくるのだ。一緒出かけたやら、ちびって言われたやらなまえと話していて場地の話が出なかったことはない。

「でも仲良しだろ?」

「んー。ばじアホだからなまえが面倒見てあげなきゃいけないもんなぁ。ばじがどうしてもってゆうならしょうがないから旦那さんにしてあげる」

「そうか。なまえに好かれて圭介は幸せもんだな」

「好きじゃないよ!ばじが可哀想だからだもん!」

マイキーを除けば、一番最初にかけよるのが場地だということにも若狭は気づいていた。他の奴に言われても気にも止めないことも場地だと怒ることも。それは少なからず場地に対して何か特別な好意を持ってるように見えていた。でもなまえはまだ恋心が分からないのか、自覚がないのか必死に違うと若狭に訴える。

「圭介ぇ?ないない。なまえの喧嘩友達だろ」

「やっぱり真ちゃんは女心が分かってない」

「あ?」

否定したのはなまえだけじゃなかった。なまえよりも大袈裟に否定して、眉をよせる真一郎。若狭はまた大きなため息を吐くと、心底分からなそうに首を傾げる真一郎を見上げた。

「…なまえ、バイクでツーリング行くか」

「行く!やったぁ!」

「ちょ、俺は!?」

「まだ仕事あんだろー」

説明したところでまた地雷を踏み荒らして煩くなるな。若狭は想像するだけで面倒くさくなり、なまえを抱えてヨイショと立ち上がる。そして喚く店主の声は聞こえないふりをして、今しがたメンテナンスを終えたばかりのバイクに跨った。

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