「けんちーん……」
「あ?」
いつもは語尾にびっくりマークがたくさんついてるような、いかにも元気いっぱいです!といった喋り方のなまえ。しかし今日はいつもの有り余るくらい元気はどこへ行ったのやら、騒がしい声は鳴りを潜めていた。その珍しくしょんぼりとした声色にドラケンも何事かと首を捻る。
普段と違うのは声だけでない。移動の際は常に駆け足で全力前進なのに、目の前のなまえはトボトボと項垂れて歩いていた。なんとかドラケンに近づくと、その両足に抱きつく。いや、抱きついたというよりも力なくふらふらと倒れ込んだに近い。
「なんだ?珍しく元気ねぇな」
「んんー」
赤ん坊の頃から知ってるなまえが、こんなにもしょげることは数少ない。マイキーと大喧嘩したか、何かしでかしてエマにしこたま怒られたかのどちらだろう。ドラケンはそんな風に推理して、ぴったりとくっついてきたなまえを見下ろした。まるで耳が垂れきってしゅんと反省してる子犬のように見える。慰めるように大きな手でその小さな頭を撫でた。
「おなかへったぁ」
「くそ、心配して損した…」
元気のない理由がお腹を空かしてただけなんて流石マイキーの妹といったところだろうか。慰めたのが馬鹿らしくなり、撫でていた手に怒りを込めて力を込めて頭を掴む。「いたいよう」とじとりと睨みあげる黒目がちの目はやはりいつもよりも迫力がない。立つ気力もないのかぐでーっと体重を預けてしがみついた。
「んー」
「おいこら、服かむな」
お腹が空きすぎて口寂しいからか、ドラケンの羽織にはむりと噛みつくなまえを慣れた手つきで軽々と抱き上げた。マイキー同様、なまえの世話を焼くのは慣れている。いや、むしろドラケンを含めた東卍幹部達はマイキーとなまえのセットで世話しているのだ。
特に意外と面倒見のいい場地がなんやかんや言いつつ、なまえといることが多い。その分喧嘩することも、場地に怒られてゲンコツ食らう事も多いのだが。
「ったく。昼飯どうした」
「おにぎり持ってかけっこしてたら落としちゃった…」
「何でおにぎり持ちながら走り回るんだよ」
「でねー、前に落とした物食べちゃダメってばじに怒られたから、なまえのおにぎりはアリンコの巣においてきた!」
「怒られなくても拾い食いはやめろ」
「はぁい」
アホみたいな理由に盛大に大きなため息をつく。しかし、日頃面倒を見ている場地の教えの賜物なのか拾い食いはしなかったらしい。マイキーに3秒ルールと余計なことを教わった食い意地のはったなまえが落ちた食べ物を諦めるなんて大きな成長である。
兄であるマイキーの悪影響なのか、本人の持って生まれたものなのか、それとも両方なのか、なまえには手を焼くことが多い。そもそもマイキーが放任主義でなまえの暴走を止めずに好き勝手にさせるのが原因。見てるこっちが毎度ヒヤヒヤして、代わりに面倒を見る羽目になることはザラなのだ。
「何か持ってきてねぇの?いつもオヤツ持ってんだろ」
「今日はお絵描きセットしかないや」
ドラケンに抱えられながら器用に肩にかけたカバンをごそごそ漁ると、落書き張とペンケースを取り出す。ペンケースの中にオヤツが紛れてないかと漁ってみるが、出てくるのは先が丸くなったカラフルな色鉛筆とピンク色の可愛いらしい消しゴム。
「おいしそうなにおいがする…!」
「おいバカ、食うなよ!?それ消しゴムだかんな」
イチゴの匂い付き消しゴムにまんまるの瞳が釘付けになる。本当に食べかねないのがなまえだ。そもそも、拾い食いどころか「あの雑草食えるらしいぜ」と一虎がテレビで野草特集をやってたのを見たうろ覚えの適当な知識をひけらかすと「まじか!」と何の躊躇もなく普通に食ったのがなまえとパーちんの2人。それくらい食い意地がはってる馬鹿。ちなみにパーちんは普通の馬鹿だ。間違っても食べないようにと慌てて消しゴムを取り上げてカバンに押し込んだ。
「ほんとお前、マイキーより食い意地酷いなぁ」
「お、たかちゃんだ!」
一部始終を見てたらしい三ツ谷が苦笑いしながら2人に近づく。なまえは三ツ谷に気づくとパァっと顔を明るくさせた。マイキーと一緒にいることが多いドラケンと、妹の世話で子どもの扱いに慣れてる三ツ谷は特に東卍メンバーの中でもなまえの扱いに長けている。なまえにとっては同等、もしくは下に見てる東卍のメンバーが多い中、この2人は数少ないお兄ちゃん枠なのだ。
「なまえ、チョコ食うか?」
「くう!」
「ふは、餌付けしてるみてぇ」
「チョコの甘さがしみわたるねぇ…」
「どこのバァさんだよ」
三ツ谷がポケットからチョコレートの包みを出すとさらに目を輝かせた。そのまま包みからチョコレートを出して口元に近づけると、親鳥に餌をもらう小鳥のようにカパッと口を大きく開ける姿に思わず笑ってしまう。もちもちのほっぺに小さな手を当てて噛み締めるように食べてる姿は年相応で可愛らしくも見えるが、言動が若干おかしいのがなまえらしかった。
「まだあるからやるよ。歯磨きちゃんとしろよー」
「たかちゃん大好き!」
「チョコやるだけで大袈裟だなぁ」
「たかちゃん世界一男前!」
「はいはい。食いもんくれる人みんなに言ってんだろ」
ポケットから残りをいくつか手に乗せると、太陽に照らされてキラキラと色とりどりのチョコレートの包み紙が宝石のように光る。なまえは小さな手で宝物のように握りしめると今日1番の笑顔をみせた。ある意味、現金な態度にからかうように三ツ谷も笑う。
「言わないよ!たかちゃんはいい男だから好きなのー」
「おいコラ、俺はいい男じゃないってか」
抗議しようとドラケンの腕からぴょんと降りると三ツ谷に足元にまとわりつく。すると、ムスッと面白くなさそうにしたのはドラケンだった。手はかかるとはいえ、なんだかんだ可愛いがってるなまえがチョコ数個で三ツ谷にばかり尻尾を降ってるのを見るのは面白くない。大人っぽく見えるドラケンもまだまだ中学生。三ツ谷だけいい男だと言われれば、つい反抗心が芽生える。
「けんちんも好きだよー?」
「よし。じゃあ三ツ谷よりもいい男の俺と結婚すっか!」
「けんちんはえまのだからしなーい」
「!?」
「ネコすきだけど、泥棒ネコはダメなんだよー」
「お前マジでどこでそんな言葉覚えてくんだよ…」
「でもよかったじゃん。妹に認められてて」
「うるせぇ」
三ツ谷に対抗して言ってみれば、まさかのなまえからのカウンターパンチをくらいギョッと目を見開く。ドラケンの驚いた顔の意味が分からず、きょとんとした顔のまま。どこで覚えてきたのか、本当に意味を分かってるかは定かではない。横でケラケラと笑う三ツ谷と不満そうなドラケンになまえはさらに不思議そうに首を傾げた。
「じゃあドラケンじゃなくて俺と結婚すっか」
「うーん……。でもたかちゃん坊主だからなぁ」
「は?」
「お兄ちゃんには欲しいんだけどなぁ」
「言われてやんのー」
「うるせ」
ドラケンを黙らせたことに笑いを堪えながら、今度三ツ谷がなまえに言ってみる。腕を組みながら悩むような仕草を見せるが、どうやらなまえのお眼鏡にはかなわなかったらしい。先程と逆転してゲラゲラ笑うドラケンと不服そうに髪を触る三ツ谷。
「なまえねー、もう結婚する人決めてんの!」
「はいはい、どうせマイキーだろ?」
「兄妹は結婚できないんだよ、けんちんそんなことも知らないの…?」
「こいつ…!ぶん殴りてぇ」
「またマイキーのいらないとこ似てきたな」
マイキー大好きっ子のなまえが「マイキーと結婚する!」と言うのは容易に想像できた。適当にあしらうように言えば、今度は鬱陶しい煽りが返って来てピキッと血管が浮き出る。着々とマイキーの遺伝子を受け継いで育っているらしく、人を小馬鹿にしたその態度はマイキーそのものだ。これが場地だったらゲンコツを食らってるだろう。当の煽った本人は気にも止めないで言葉を続けた。
「まいきーより喧嘩強くってね、けんちんみたいに男らしくて、たかちゃんみたいに優しくて何でもできる人にするんだー!」
自慢するように嬉しそうな弾んだ声で、花が綻ぶように笑って、少し恥ずかしいのか頬を赤らめながら言うものだから、不覚にもきゅんと胸が鳴る。こいつ普通にしてたら可愛いんだよなぁとしみじみと思った。が、まだなまえの言葉は続いていた。
「ぱーちんみたいに羊さんがいてー、ばじみたいに動物となかよくてー、ちふゆみたいにネコかっててー、それと」
「ん?」
「あと、いぬぴーみたいにイケメンで、ここくらいお金もってて、はるちょみたいに美人でー、」
「いやいや、ちょっと待て」
「それは盛り過ぎじゃね?あと羊じゃなくて執事な」
「理想は高い方がいいって、えまもゆずはも言ってたよ?」
なまえがどんどんと結婚の条件を付け足していくので先程の感動が一気に薄れる。マイキーについて回るだけではなく、度々女子会なるものに参加してるせいでいらない知識をつけてるらしい。先程の泥棒猫発言も三ツ谷の坊主否定も多分その時覚えたんだろう。
「理想高すぎて結婚できねぇぞ?」
「ただでさえアホなのに。このままだと売れ残んぞ」
「わかもべんけーもできるって言ってたもん!」
現実をみろよ…と諭してくる2人の態度が気に入らなかったのか、なまえはムッとした表情で言い返す。初代黒龍組に話した時は「たしかにいい男じゃないとなまえに釣りあわねぇなぁ」と褒めてもらったのに、今日はぞんざいに扱われて不機嫌そうに頬を膨らませた。
「初代はなまえにくそ甘ぇからなぁ」
「娘みたいなもんなんだろ」
「とくに真一郎くんな」
「しんいちろーの話はしてないよ!」
真一郎が溺愛だからか、自ずと周りの仲間たちもなまえに甘い。それは歳の余裕も関係しているのかもしれない。東卍の中ではガサツな扱いを受けてるなまえだが、初代黒龍では蝶よ花よと可愛がられているのだ。しかし1番可愛がってる真一郎には相変わらず塩対応で今も名前を聞いて嫌そうに顔を歪める。
「むすくれんな。可愛い顔が台無しだぞー」
「むー」
三ツ谷がなまえの膨らんだ頬をむにっと両側から引っ張る。しかし拗ねた表情は変わらないまま。ドラケンはハァと大きなため息をつくとなまえを軽々と頭上より高く持ち上げた。
「腹減ったな。何か食いに行くか」
「行く!オムライスたべよ!」
「ほんと現金なやつ」
「たかちゃん、なまえは元気だよ!」
「うん、もういいわ」
不貞腐れた顔からキャッキャッとはしゃぐ姿へと変わり身の早さはマイキーを彷彿とさせた。拗ねたことなんかもう微塵も覚えてないだろう。「けんちん肩車してー」とじゃれついて甘える姿に三ツ谷とドラケンは眉を下げて仕方なさそうに笑い合う。こうしてついつい甘やかしてしまうのはもしかするとマイキーと同様に人を惹きつける何かを持っているのかもしれない。