場地がふらっと道場に寄った帰り、うるさいチビに見つかった。マイキーじゃ無い方のチビ、佐野家の末っ子なまえだ。いや、道場の主人の孫なのでいてもおかしくない。でもマイキーもいなかったので、てっきりいつも通りマイキーにくっついて一緒に出かけてるのだと場地は思ってたのだ。
「ばじ、だっこしてー」
「マイキーにしてもらえよ」
「やだ。今日はばじのバイクにのるもん」
場地に嬉しそうに駆け寄ると、早く抱っこしろ言わんばかりに両手を上げる。このまま真っ直ぐ家に帰るつもりがなまえのお守りをしなきゃならないハメになり、あーあとため息が出そうになった。
「ったく。ヘルメットちゃんとかぶれよ」
「おー」
「よし。ぜってー手はなすなよ。落っこちるからな」
「まかせとけ」
とは言え意外と面倒見のいいのがこの男、場地圭介なのである。面倒くさそうにしながらもなまえを抱き上げて、ヘルメットのバックルまでキチンとしめてやる。だからこそなまえが場地に懐いているとは本人は知る由もないだろう。
「で、どこ行きてーの」
「コンビニ!」
「ふっざけんな!歩いて行けんだろ」
「ええ〜、乗り物で行きたい気分」
「だったらお前の三輪車で行けや」
行き先を尋ねると徒歩五分、なんならもうすでに視界に入っているコンビニ。子ども相手にワッと怒鳴りつけるが当の本人は全く怖がる素振りも見せずに呑気に喋りだす。
「あんねー、いまカスタム中で乗れないの」
「はぁ?」
「ピカピカの泥団子をね、後ろのとこにボンドではった!」
「それ絶対落っこちるぞ」
「ばじのゴキにもつけたげようか?」
「やめろ」
泥団子作りが趣味で特技のなまえ。一虎のバイクにカスタムした時はすぐに投げ飛ばされて呆気なく土に還ってしまったので、今回はしんいちろーの部屋から拝借した木工ボンドで接着済みだ。このまま家にいては自分の愛車まで泥まみれにされかねないと場地は素直にコンビニまでバイクを走らせた。
「てかお前金あんの?」
「ふふん。これが目に入らぬか」
「また真一郎くんとこから盗ったろ」
「ちがう〜!しんいちろーがなまえのだから少しなら使っていいって言ってたもん」
「その少しが多いんだよ」
なまえ自慢げにポケットから出した金色のコイン。それは真一郎がなまえ用にと貯めてる500円貯金箱から取ってきたものだと場地はすぐに気づく。あまりに使う頻度が高く一向に貯まる気配のないその貯金箱。ちなみにマイキーやエマのもあるが、マイキーのは常に空になってる。理由はなまえと同じだ。
「ばじになまえさまがおごってやろう」
「はいはい、なまえさまありがとなー」
「あら、今日はいつものお兄ちゃんじゃないんだねぇ」
るんるんとコンビニのお菓子コーナーを見るなまえに場地は適当に相槌をうつ。すると品出し中のパートらしきおばちゃんがにこやかになまえに声をかけた。近所なので真一郎かマイキーとよく来ていて顔見知りなんだろう。
「あんねー、お兄ちゃんじゃなくてね、ばじはなまえのおとうとぶんなの」
「おい、いつから俺が弟分になった」
「同じこーらを分け合ったなかじゃん〜」
「コーラは酒じゃねぇし、あれはなまえが勝手に飲んだんだろ」
「じゃあ、今からかるぴす飲む?」
「飲んでも弟になんねーぞ」
「えー、なんでー?」
場地を弟分と紹介するなまえのオデコを軽くデコピンする。保育園児のくせにヤクザ映画でみた酒を酌み交わし兄弟の契りを交わすと覚えているのだ。ただちゃんと理解してないので一緒に飲めば兄弟になると思ってる様子。そんな2人のやりとりをみて「仲良しねぇ」と笑われた。
「ばじ一口だけだよ!全部食べたらおこるからね!」
「奢るって言ってたのにケチだな」
お菓子やジュース、そしてレジ横のホットスナックでなまえの好物の一つであるフランクフルトを買ってコンビニの前に座ってそれを食べる。器用にケチャップだけをつけると先程まで偉そうに奢ると言ってた割に何度も何度も場地に「一口ね!」と注意する。
食い意地のはるなまえがマイキー以外に食べ物を分けること自体が極めて稀なのだが、それを知らない場地は悪戯を思いついたようにニヤッと笑った。
「あああー!!」
「なまえの言った通り一口だけじゃん」
「一口がおっきすぎるの!ばかー!」
場地が大きく口をあけ、特徴的な八重歯を覗かせるとそのままパクりとフランクフルトを一口で半分ほど食べる。当然怒ったなまえがポカポカと場地を叩くが全く悪びれない様子にムキーっとさらに怒る。本当なら飛び蹴り一発喰らわしたいが、あいにくまだ残りのフランクフルトがあり攻撃出来ずに悔しそうに場地を睨みつけた。
「ばじきらい!ねおきのヒゲで頬ずりしてくるしんいちろーくらいきらい!!」
「ふーん。この後ネコにエサあげに行くけど、俺のこと嫌いなら来ないよな」
「行く!ばじ大すきー!!」
「切り替わり早。マイキーかよ」
ぷくーっと頬を膨らまして怒ってたのに大好きなネコをチラつかせると目をパァッと輝かせる。なまえはネコをはじめ、動物好きなのに場地とは真逆で動物に嫌われる体質らしく中々触ることが出来ない。子どもなので落ち着きのなさだったり触り方の問題もあるかもしれないが。場地といると少しは撫でたり出来るので場地の提案はなまえにとって遊園地に連れてってもらうことに等しいのだ。
「ねこねこにゃんこー、にゃんにゃんこー」
「歌ってねぇで早よ食え、詰まらすぞ」
フランクフルトを半分も食べられた恨みもすっかり忘れて自作の即興歌を歌ってご機嫌のなまえ。口周りにいっぱいケチャップがついていて、場地がコンビニ袋に入ってたティッシュでゴシゴシと拭いてやる。荒っぽい手つきに若干顔が潰され「ぐえ」と声がしたが、大体マイキーにもいつもこんな感じで拭かれるのでなまえはあまり気にしてない様子だった。
「あ!ねこってかるぴす飲むかなー?」
「アホ、こないだも人間のもの上げんなって言ったろ」
「そっかー」
残念そうにリュックに飲みかけのカルピスと食べきれなかったお菓子を入れる。また場地に向かって両手を上げてバイクに跨ると「しゅぱつしんこー!」と元気な声と共に場地の団地へとバイクは走り出した。