ある昼下がりの午後。油断したらつい昼寝をしてしまいそうな穏やかで過ごしやすい天気。東京卍會の隊長陣に名を連ね、そこらの不良に恐れられるメンバーたちも例外ではない。心地の良いうららかな春の陽気に、普段の強面は何処へやら。気が抜けたようにダラダラと過ごしていると自転車のカラカラとチェーンが回る音とよく知る男の声が春の風に乗って聞こえてきた。
いつものバブの排気音の代わりにチリンチリンとベルの音が鳴る。オマケにキーキーと甲高いブレーキの壊れた音。ゆっくりと視線を向ければ、自転車に跨るのは東京卍會総長、無敵のマイキーとそしてその末の妹のなまえが何故だか前カゴにちょこんと座っていた。その危なっかしい姿を見て全員が「マイキー…」とボヤく。
「子連れ一匹狼、マイキー様だ!」
「ちゃーん」
「なにやってんだ、アホ兄妹」
呆れる面々など知ったこっちゃないと登場したマイキーと佐野家の末っ子なまえ。長男である真一郎の娘としてもおかしくないくらい歳の離れた幼いなまえは保育園帰りなのか、黄色のスモック姿で肩には通園バッグがかけられている。何故だか前髪はちょんまげのように不器用に一つにくくられていた。どうやら最近昼頃に再放送でやってる時代劇の真似事らしい。手押し車の代わりに自転車の前カゴに乗せたのだとドラケンはなんとなく察して立ち上がった。
「ったく、あぶねーから降ろすぞ。なまえ来い」
「うむ。けんちん、良き働きであるぞ」
「んな言葉どこで覚えてきた」
落ちてもおかしくない不安定なママチャリのカゴからドラケンが抱き上げると時代劇でよく聞くセリフに思わず苦笑する。この年頃の子どもはどこで覚えてくるのか、いつの間にか習得した言葉にこちらが驚くことが多い。
「最近じぃちゃんと時代劇見てんだよな」
「くるしゅうない」
「使い所間違ってんぞ」
マイキーの説明になるほどなと納得してそのまま地面に降ろすと、褒め言葉のつもりで使ってる様子にツッコミをいれる。本人は気にも止めず「なーに、名乗るほどのものではない」と今度は微妙に使い所があってるセリフを吐いて、てってけてーっとかけて行った。
「ばじ!頭が高いぞー」
「うっせぇな。絡むなちびすけ」
場地の元へと一目散にやってくると抱きつくと言うより体当たりの勢いで飛びつく。体幹のある場地はそれにびくともしないが耳元で騒ぐ子ども特有の高い声に鬱陶しそうに顔を歪める。
「ちびすけじゃない〜!!」
「じゃあ、ちび子な」
「うぐぬぅ…」
フッと馬鹿にしたように場地が笑うとムキーっと怒ったように小さい足で地団駄を踏む。依然としてからかう場地にああ、このままだとマイキー直伝の飛び蹴りが炸裂するなと子どもながら、流石あの佐野家で育てられたと嫌でも分かるようななまえの手、いや足が出る前に三ツ谷が割って入る。
「なまえ髪直してやっからこっち来な」
「たかちゃん!あのね、これちょんまげなのー」
「ちょんまげ…?ぐちゃぐちゃになってんぞ」
「ええ〜。せっかくまいきーがしてくれたのに……」
「はいはい。可愛いちょんまげにしてやっから」
三ツ谷に呼ばれると怒ってたこともすっかり何処かへ飛んでいき、ニコニコとかけよる。マイキーにやってもらった適当にくくられた前髪のちょんまげをといてポニーテールにすると、うたた寝しかけていたパーちんに嬉しそうに声をかけた。
「ぱーちん寝てるー?」
「起きてっぞ」
「たかちゃんが可愛いちょんまげにしてくれたぁ!」
「それ流行ってんのか?」
「んーん。でもまいきーが時代を作れる女になれって」
「よくわかんねぇけど、カッケェな!」
「ふふん。かたじけないぞ」
マイキーは何教えてんだと少し不安に思う三ツ谷の気も知らずにくるくると回りながらポニーテールを揺らしてパーちんに得意げに見せていた。そんな時マイキーが「おなかへった」とつぶやくと目を輝かせて通園バッグを漁り出す。
「まいきー!まいきー!」
「んー?なまえどうした」
「これが目に入らぬか」
「どら焼きじゃん。何、くれんの?」
「うん、なまえのおやつ。まいきーは特別にはんぶんあげる!」
ようやく取り出した佐野なまえと書かれた巾着の中から若干潰れたどら焼きを出す。多分場地に飛びついた時の衝撃で潰れたのだろう。マイキーとドラケンの座る間に小さな身体を割り込ませると嬉しそうに半分に分けてマイキーに渡した。
「俺には?」
「まいきーだけ〜」
「ケンチン残念〜。日頃の行いが違うんだよなぁ」
「あん?普段ろくに面倒見ねぇくせに」
「俺はなまえのお兄ちゃんだもん」
「でもなまえ、しんいちろーよりけんちんが好きだよ?」
「それ、真一郎くんに絶対言うなよ?死ぬぞあの人…」
2人して食べかすを口の端につけながら、頬っぺたを膨らまして食べる姿がやっぱり兄妹だなぁとドラケンは思う。俺らと同じようにマイキーがカッコよく見えるのか、マイキーの後をついて回るなまえがマイキーが1番好きなのは明白だった。しかし溺愛し過ぎる佐野家長男、真一郎には塩対応で保育園児なのに既に鬱陶しがる始末。口止めをしてみたが、キョトンとしたなまえの顔を見る限り意味は分かってなさそうだった。
「ばじ、一緒にかえろー」
「マイキーとチャリンコで帰れよ」
「俺はケンチンの後ろ乗っけてもらうから」
「おい、チャリどうすんだよ」
「だってそれ、しんいちろーのだよー?」
「は?」
「そうそう。俺のじゃねーし置いてく」
「お前らマジで真一郎くん何だと思ってんだ」
呆れたようにドラケンが聞く。一瞬ポカンと呆けた後、マイキーとなまえは顔を合わす。そして口を揃えて「くそ兄貴!」と笑って答えた。あーあ、似なくて良いとこが似てきたな…と東京卍會隊長陣は我らが総長で天上天下唯我独尊を表したような男、佐野万次郎とそれを受け継ぐ見た目はまだ小さな女の子。既に言動や行動がそっくりになりつつあるなまえの将来を考えると少し面白くもあり、恐ろしくもなった。