始まりはマイキーの一言だった。
「なまえオマエさー、なんで三途のこと名前で呼んでんの?」
今の今までなまえが自分の仲間たち対する呼び方に関して一切何も言わなかった。しかし、今日になってふと疑問に思ったらしい。家族全員で夕食を囲む中、メインのハンバーグを口に放り込みながら尋ねた。なまえが答えるよりも先に「マイキー食べながら喋らないで」と真向かいに座っていたエマから注意を受ける。
「オレが春千夜って呼ぶからオレのマネしてんだよなー?」
いつもならマイキーと一緒がいいと何でもマイキーのマネをしたがるなまえ。それは呼び方でさえも。例外は三ツ谷のみ。妹のルナとマナとも仲良しなことから三ツ谷と呼ぶと3人全員振り向いてしまう。だから名字ではなく名前で呼んでいるのだ。それにも関わらずに三途だけ名前で呼ぶのは、もう1人の兄のマネだと都合よく解釈したが真一郎がデレデレとなまえに笑いかけた。
「ち、」
「なまえ?」
口いっぱいに詰め込んだせいでハムスターのように頬が膨らんだなまえ。すぐに否定しようとするが、それを阻止するようにエマに名前を呼ばれた。このまま喋ると先程のマイキーのように叱られてしまうし、何よりも食べこぼしてしまってはもったいない。相変わらず食い意地のはるなまえは首をふるふると横に振る。
「ちがうー!さんすうが嫌いだからはるちょなのー」
「「「「???」」」」
ゴクンとようやく口の中のものを飲み込むと名前で呼んで本当の理由を話した。理由を聞いたところで実際どう呼ぼうが尋ねた張本人であるマイキーでさえさほど気にしていないだろう。だが、なまえの予想の斜め上の答えに祖父も含めた家族全員が疑問符を浮かべた。そして一拍置いた後、ようやく三途と算数の語呂が似ていて嫌と子どもじみた理由で名前を呼んでると全員が合点がいく。
「でも3時のおやつはめっちゃ好きじゃん」
「うん!だいすき!!」
「あとサンタも好きだし、今日から三途って呼べば?」
「んー。そうだけど、もうはるちょって呼んでるし…」
「だいたいなまえはオレが1番好きなんだから、オレとお揃いで文句ないだろ」
「わかったー!」
マイキーは三途と語呂が似ているなまえの好きなものをいくつかあげていく。呼び方なんてどうでも良かったが、先程の真一郎の発言が実は気に障っていたらしい。対抗するように強引に話を進めた。そしてそのマイキーそっくりの妹であるなまえ。マイキーとお揃いならいっか!とすぐに納得し、またもぐもぐとご飯を食べ始めていた。
___
「さんずー」
「…」
「さんず!!」
「おお、なんだちびっころ」
実際困ったのはマイキーでもなまえでもなく、名前を呼ばれる三途の方だった。この間まで「はるちょ」「はるちょー」と後ろをついて回ってた。それが急に呼び方を変えたことに顔には出ないが戸惑いを隠せないでいた。そのせいで慣れない呼び方にいつもより反応が遅れてしまう。
「もー。何回もさんずって呼んだのに!」
「悪ぃ悪ぃ」
子どもの順応性の高さは目に見張るものがあった。すっかり三途呼びに慣れたなまえと違い、三途と呼ばれる度にスッキリしないなんだかモヤモヤとした気分になる。しかし、気まぐれとはいえマイキーが名前呼びを辞めさせたと聞いて余計に否定することも出来ずにいた。面白くないとは思いつつ、心の内を隠す様にいつも通りのポーカーフェイスを浮かべる。
「さんずが教えてくれた歌りんりんとらんらんに歌ったら、ざぎんのしーすーに連れてってくれた!」
「まじで歌ったんか」
「うん!りんりんは怒ってたけど、らんらんは笑ってたー」
三途は某アニメの主題歌がなまえの灰谷兄弟の呼び方と似ていたので面白半分で教えてみたが、まさかそれを本人たちの前で歌うなんて。若干引いている三途とは違い「ソーセージも食べたかったー」と本人は全く気にしてない様子。竜胆の嫌そうな顔が容易に想像できてしまい、鉄仮面が崩れて笑ってしまう。
「あとね、なまえも原宿のかりそめと友達なったから、さんずのお誕生日にせっけんあげるね!」
「オマエ、いろいろ間違ってんぞ…」
「?」
「かりそめじゃなくてカリスマな。あとオレが欲しいのはトリートメント。石鹸は場地にでも渡しとけ」
「わかったー!」
そういや花垣には誕生日にそこらへんで拾ったダンゴムシをあげてたっけ。「ギャーッッ!!!なまえちゃん!?!何してくれてんの!?」と大袈裟に騒ぐ花垣にマイキーとドラケンがツボに入ったように大笑いしていた。なまえはというと、せっかくプレゼントを渡したのに拒否られたことが「たけみっちのくせに」と不満そうだったが。三途はつい先月の出来事を思い出し、それに比べれば例え石鹸だとしてもちゃんとしたプレゼントをくれるつもりがあるならまだマシだと感じる。
「ケーキはイチゴとチョコ食べたい」
「何でオレの誕生日にオマエの食べたいケーキになんだよ」
「えー、プレゼントはさんずの好きなのあげるからいいじゃん!」
誕生日の主役の好きな食べ物ではなく自分の食べたいケーキを要求してくる。それは兄であるマイキーに似た横暴な態度だった。ケーキはチーズケーキ一択と答えようとした時、ある交換条件を思いつく。これならばマイキーも納得するかもしれない。
「なまえ」
「なにー?」
「ケーキはイチゴとチョコのやつでいい」
「ほんと?やったー!」
「…プレゼントもトリートメントじゃなくていいし、」
「じゃあプレゼント何がいいの?」
歯切れ悪い三途をキョトンとまんまるの目が見上げた。なまえの背に合わせる様に身体を屈ませ、ひそりと耳元に囁く。三途からプレゼントの答えを聞いたなまえはとびきりの笑顔をみせた。
___
「はるちょ!」
7月3日。誕生日パーティーを開催してくれるというマイキー達の待つ佐野家を訪れた三途。パーティーなんて柄じゃないとあまり乗り気ではなかったが、聞き慣れたその呼び方に口角がわずかに上がった。
「おう、ちびっころ」
「はーるーちょー!!」
子犬のように元気よくかけよってきたなまえは三途の元へとたどり着くと、勢いよくジャンプした。まだ小さいとはいえ子犬と比べればそこそこ体重もあるが、三途も慣れた様になまえを抱き止める。
「今日も元気そうだな」
「プレゼント言いに来た!はるちょ、お誕生日おめでとう!」
「ありがとな」
なまえはプレゼントを渡しに来たではなく、プレゼントを言いに来たと嬉しそうに笑う。それは子どもらしい言い間違いでも、言葉の意味を分からずに言った訳でもない。あの日、三途に耳元で誕生日のプレゼントは三途ではなく、春千夜と呼べとお願いされたからだ。
「あともう一個プレゼントあるよ!」
「へぇ、なまえの割に気が利く」
「セミの抜け殻にするか迷ったんだけど、むーちょがやめとけって」
そう言っておもむろにポケットに手を突っ込んだ。武藤の助言がなければ、今頃ポケットから抜け殻とはいえ虫の残骸が出てきただろう。三途は顔には出さないが、隊長ありがとう…と心底感謝する。
「じゃーん。なまえがシャンプーしてあげる券とトリートメントしてあげる券とドライヤーしてあげる券とくしでといてあげる券とヘアセットしてあげる券の5枚セット!」
「オマエが美容院ごっこしたいだけじゃねぇか」
「バレた…」
取り出したのは全て拙いひらがなで書かれた紙が数枚。子どもが親に渡す様な肩たたき券のようなものだが、なまえのことだからそんないいものではないと瞬時に三途は推測する。灰谷兄弟の通うカリスマ美容師を見て単純に美容院ごっこがしたくなったのだろう。
だいたいコイツに頭なんか洗わせたら髪の毛が痛むに決まっている。ドライヤーなんて考えたくもない。チリチリになって燃える以外想像がつかない。三途はその紙の束を受け取りはしたものの、この先使うことはないなとポケットの奥底へとしまった。
その後、佐野家でケーキを食べていると「春千夜、恥を忍んで頼みたいことが…」と真剣な顔をした真一郎からなまえにもらったプレゼントという名の美容院ごっこ券を一枚譲ってくれと頭を下げられた。しかし、なまえが三途呼びになった原因が真一郎だと聞いて使い道のないその券を真一郎に渡すことはなかった。