Nervous ace









私の長年の片想いがようやく終わった。それもバッドエンドではく、まさかまさかのハッピーエンドで。初恋は叶わないなんてよく聞くけれど、どうやら私には当てはまらなかったらしい。

ここに来るまで本当に長い長い戦いだった。想いを募らせてついに告白!なーんて可愛いらしいものではなかったけれど。実際は大学のミスコンにも選ばれるような超絶美人からアプローチされてると聞いて半ば勢い、いやほぼ酒の力に任せ。忘年会の帰り道、振られたらこのまま忘れ去ろうと玉砕覚悟の告白だった。

正直、佐久早がなんであの美人な子よりも普通の私を選んだ理由なんていまだに分からない。あの美人に勝ったとは烏滸がましくて微塵も思ってないけど、佐久早のことだから潔癖症でよく知らない人より見知った相手の方がましだったのかなぁ。

まぁ、見知ったと言っても幼馴染のような関係ではない。小中が同じと言うだけ。家も学区内の真反対の場所だったし、佐久早の親なんて参観日に何回か見たはずだけど、すれ違ったってどうせ気づかない。つまり近所でもなければ、家族ぐるみの関係もない。小さい頃から顔見知りくらいの立ち位置である。

「今日はなまえの奢りだろー」

「そんなこと一言も言ってないんだけど、」

「えー。恋のキューピッドの俺に感謝の気持ちはないのかよ」

「その件については本当に有り難いと思ってる」

ただの同級生の一人にすぎなかった私にとって幸運だったのは、佐久早の従兄弟にあたる古森と仲が良かったことだ。私が佐久早と話してると横でずっとニヤニヤしてたことや、早く告白しろよーとお節介を焼くところは心底腹が立ったけど。でも古森のおかげで高校が違っても井闥山の試合に見に行けたし、大学生になった今も佐久早を交えてお酒を組み合わすこともしばしば。お節介は抜きにしても古森には足を向けて寝れないくらい。

「いやー、長かったな」

「まぁ、長かったねー。自分でもよく諦めずにいたと思うよ」

「執念だよなぁ」

「それは言い過ぎ」

今日は少し遅れた新年会として3人で飲みに来たのだけれど、佐久早から少し遅れると連絡が来ていた。古森相手に今更2人きりだと気を使う相手でもない。店に入って先に乾杯すると、私の片想いについて『執念』だと辛辣な言葉を浴びせられる。そんなの一歩間違えたらストーカー扱いじゃない。ジョッキを片手にケラケラ笑う古森を睨みつけるが、私の不満そうな顔にさらに笑われる。

「これでようやく佐久早の長年の片想いが実ったわけだ」

「?」

「あ、やべ」

そう言いつつ、全然やばいと思ってない顔に首を傾げる。普段は人懐っこそうな可愛らしい柴犬の顔をしてるのに、今はニヤニヤと悪巧みを考えてるような顔つき。それは小学生時代からよく見てきたお節介のあの憎たらしい顔。

「いやー、これ秘密なんだけど。もう時効だからいーよな」

「何の話?」

「小1、あれ小2の頃からだったけな?まぁそんな昔から佐久早もなまえのこと好きだったんだよ」

「…」

まだ1杯目のお酒も一口二口しか飲んでないし、テーブルにあるのはビールと一緒にきたお通しだけ。酔いも回ってないこの状況でとんでもない爆弾発言を投下する古森。驚きすぎて言葉も出ない私に構わず「人って驚くと固まんだな〜」と反応を楽しんでる様子で。バレーのプレー中は周りのフォロー欠かさずやってるくせに私へのフォローはないの!?とツッコミをいれる余裕はなかった。

「…なんのドッキリ?」

「いやマジだって」

「え、待って。どっからがドッキリ?うそ、待って待って。佐久早と付き合ってることも!?そんなことある!?!?」

ドッキリをかけられてる。それが頭の回らなくなった私の出した結論だった。いや、一般人の私にドッキリなんてかけられるはずない。きっと友達たちの悪戯。そう考えると佐久早と付き合ったことすら本当だったのか分からなくなった。取り乱すように立ち上がると、その反動でジョッキがぐらりと揺れる。

「ちょ、なまえ一旦落ち着けって」

「落ち着いてられるか!」

テーブルが大惨事になる前に古森の長い腕に両肩を押され強制的に座らされる。同時にスマートに店員を呼ぶと、新しいおしぼりで机を拭きながら私からビールと枝豆を遠ざけた。やっぱり自然と周りを見て動けるんじゃん、なんて頭の片隅でぼんやりと思った。

「聖臣に口止めされてたから言わなかっただけで前から両想いなんだって。ドッキリでも何でもないから」

「…」

「おい。その目、信じてねぇな?」

「だって証拠ないでしょ」

「…これ言ったら聖臣怒るから、俺から聞いたって言うなよ?」

そこからは佐久早の黒歴史にあたるだろうエピソードが出るわ出るわ。まだ幼い佐久早の私への可愛いらしい恋心から行われた行動の数々に当時全く気づいていなかったことが悔やんでも悔やみきれない。特にバレンタインの話は愛おしすぎて胸キュンどころか心臓発作を起こしかけたくらいだ。

「おー!聖臣こっちこっち」

「!」

小学生時代の佐久早の話を処理し切る前に佐久早本人が現れて早鐘のように心臓がなる。待て待て待て。ただでさえ佐久早と交際して1ヶ月も経っておらず、通常の佐久早にさえドギマギしてしまうのに。古森に余計なことを聞いたせいで真っ直ぐに顔を見れない。

「顔赤い。もう酔ってる?」

「よ、酔っておりません」

当然のように私の横に座る佐久早に体がぎこちなく固まる。不思議そうにこちらを覗く黒めがちな瞳を直視できず、誤魔化すように視線を右往左往させるしかできない。

「なんで敬語?」

「敬語ではござ、らぬ」

「敬語どころか武士になってんじゃん」

見惚れるような美しい所作でマスクをはずすと、私のおかしな言動に佐久早は薄らと微笑みに意識が遠のきそうになった。だってあんな可愛いエピソードを聞いた後にこの余裕のある表情を見せられてギャップでどうにかなりそうだ。

「古森、あんま飲ませすぎるなよ」

「いやいや、まだ一杯目だって。佐久早の昔話してたんだよなー」

「俺の…?」

私の赤い顔と不自然な態度に酔ったと勘違いした佐久早はジト目で古森を睨みつける。おい古森、口止めされてんじゃなかったのか。キョトンとした顔の佐久早が、
ニヤニヤ笑う古森と顔を赤くしてもじもじする私を交互に見る。そして驚いたように目を見開き、先程の私のように取り乱したように立ち上がった。

「古森!お前、喋ったな!」

「えへへ。つい酔って口が滑っちゃった」

「帰る…」

「さ、佐久早」

酔ってないし悪いとも思ってない。完全にからかってる様子の古森に佐久早は珍しく声をあらげた。よほど話されたくない話だったらしく、耳までほんのり赤い。おろおろする私をよそに古森は「あ、そう。じゃあまだ小学生時代のことしか言ってないから中学の頃の話しとくな」なんて悪びれる様子もなく笑って言うもんだから、古森には二度と逆らわないでおこうと心に誓った。

「じゃあ、末永くお幸せにな!」

「うるさい」

「古森またね」

ずっと不貞腐れたままの佐久早だったが、古森はじっとりした目で睨みつけられようが我関せず。佐久早をからかえるのなんて古森くらいだろうなぁ。店を出てほんのりと頬を染めたほろ酔いの古森が屈託もなく笑いかけると、しっしっとまるで虫を追い払うように顔を歪めた。

「…」

「…」

佐久早の機嫌なんて知ったこっちゃないと好き勝手に話をしていた古森と別れると途端に沈黙が襲った。呑み屋街で周りが騒がしいから余計に佐久早の静けさが恐ろしい。寒さからかマフラーに顔を埋めた顔をチラリと覗き見るとまだ不機嫌そうに眉を顰めている。どうかこの機嫌の悪さは人混みと寒さでありますようにと祈るしかない。

「…家まで送る」

「あ、ありがと」

2人きりになると甘い雰囲気になる訳もなくめ。佐久早の少し後ろを歩きながら私は頭を悩ませる。古森から聞いた話のこと謝るべきだろうか。佐久早にとったら聞かれたくない話だろうし。でも私だったらあえて聞かなかったことにして何も触れないでいてくれた方が助かると思うと、なんで声をかければいいか分からなくてただ置いてかれないようについて行くしかできない。

「引いた?」

「え?引くって何が…?」

「俺の話。…古森がどこまで話したか知らないけど、重いって引いたかと思って」

急に佐久早が足を止めた。不思議に思って見上げると何か言いたげな視線がちくちくと刺さる。やっぱり文句の一言でも言われるのだろうかと身構えたが、佐久早の口から出たとのはいつになくもごもごと歯切れが悪い。

「ひ、引いてないよ!」

私が佐久早を好きになるより前から好きでいてくれたなんて。こんな幸せはない。だから引く訳なんかないと全力で否定する私に一瞬だけ目を丸くさせるとフイッと視線を逸らし、またゆっくりと歩き始めた。佐久早って以外と分かりやすい。目は口ほどに物を言うってやつなのか。マスクをしてるから表情は分からないが、私の言葉に安堵したように目の緊張が緩む。

「私、佐久早となんで付き合えてんだろっていまだに不思議だったから。そんな昔から好きでいてくれたんだって本当に嬉しかった」

「…なんで付き合ってるのに不思議になんの?」

「それは昔から佐久早がモテまくるから相手なんか引くて数多でしょ?だからなんで私なんか選んだんだろって思っちゃうよ」

また佐久早が足を止める。私の答えが不服なのか、あからまに冷たい眼差しが突き刺さる。いや、しょうがないじゃん。だってあの佐久早だよ?伊達に長年片想いしてる訳じゃないんだから。こんな唐突に訪れた幸せを噛み締める前に疑問に思っても仕方ないでしょ。

「俺は、」

「ん?」

お前が初恋だけど

「え」

「だから、選ぶも何もなまえ以外のやつなんか考えらんないし」

そう言い捨てると佐久早はスタスタと歩いてしまう。しかし私はまだ動き出せない。古森の言った通り人って驚くと固まるらしい。「置いてくぞ」と振り返った佐久早は耳まで赤かったけど、古森のようにからかうことはしない。だって多分私も同じような顔してる。

「佐久早、」

「なに」

「バレンタインね、ほんとは佐久早用にチョコレート買ったんだけどさ。もし、まだ私の手作りの欲しいと思ってくれてたらさ、今年はちゃんと佐久早だけにバレンタイン用意していいかな」

小学生時代のバレンタインに古森にあげた私からのチョコ。チョコレートをとかして型に入れて適当にアラザンを振りかけたチョコレートは果たして手作りと言っていいのか怪しい。でも当時の佐久早はそれが羨ましくて古森が冗談で言った「他のチョコレートと交換してやろうか」と言ったことを間に受けた。そして家にあった某高級チョコレートを持ってくると交換したらしい。

「古森のやつ…!」と秘密を暴露されたことに怒りを滲ませている佐久早には、そのチョコレートは佐久早用に作ったけど渡せなくて古森にあげたのだと言うことは秘密にしておこう。

「楽しみにしてる」

怒りがとうとう呆れに変わったようだ。はぁと小さく吐いたため息は寒さで白い。でも私を見つめる目元は優しげに細められて愛しくてたまらなくなる。私も初恋だと言ったら佐久早どんな顔するだろう。なんだか少し古森が佐久早をからかう気持ちが分かる気がした。




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