灰かぶりの召使い




薄々勘づいてはいた。あの寝室と思われる部屋もだだっ広い部屋の中ベッドが一つあるだけで、部屋の隅には何の生き物だったか分からないくらい朽ち果てた骨が至る所に落ちていたから。ただただ、人間のものではないことを祈るばかりだった。

空腹を訴える魔王様に連れられて、台所を目指して歩く。何故こうなったか、理解する時間すら与えてくれないらしい。途中「あ、間違えちゃった」と入った部屋の拷問器具も、廊下に置かれていた夥しい数の悪魔の像も目にしないようにしていたけれど、ここが魔王の城だと物語っている。

生贄として森に捨てられたからには魔王の住むと言われる城を目指して果てしなく歩いていた。でも道も場所すらも知らない私は、辿り着く前に命が尽きると思っていたのに。森の中で意識を手放した時、どうやらここへ連れ去られてきたらしい。

攫った張本人は、謝罪も説明も何もせずにただ足早に歩く。本当に私はこの人の召使いになったのかと尋ねるのも恐れ多くて口を閉じたまま、その後に小走りでついて行くので精一杯だった。

「この状態ですと、その、簡単なものしか作れませんが…」

「ん?なんでもいーよー」

恐る恐る言ってみたが、相手にはあまりことの重大さが分かっていないようだった。辿り着いた場所は一般家庭の台所よりも広く厨房のようだったが、予想以上に荒れ果てて使い物になるか心配になる。何も作れなかったら私の首は飛んでいく気がしたから。

幸いにも水はまだ通っていたし、竈門もある。置いてあるものをどければ何とか使えそうだ。そして、私と同じように供物として捧げられた食料も山ほどあった。いや、生贄の私よりも食料の方が役に立つので同じと言っては失礼かもしれない。だって卵や砂糖など、口にしたこともない高級食材の山だったから。

食料の中から腐りかけてないものを選んでいく。さて、火はどうしようと悩んでいたら魔王様があっという間に竈門に火をつけた。魔術を見るのは初めてだったけれど「ねぇまだ?」と急かされて驚く暇もなかった。

「あの、食べれないものなどはありますか?」

「特にねぇかな?毒も利かないし、人間でもなんでも」

調理中、魔王様は出て行く気配がない。むしろここで食事を済ます気らしく、物で溢れた調理台を片付けていた。いや、単純に床に落としただけのようで実質片付いてはいないのだけど。嫌いなものを出して首が飛ぶのも嫌だったので聞いてみたが、返ってきた答えは物騒すぎて返事ができなかった。聞かなければ良かったと後悔してももう遅い。

蜘蛛の巣と埃まみれのお皿の中で唯一割れずに無事だった食器に、出来上がったオムレツを盛り付ける。カバンから布切れを出してテーブルを拭いた後、おずおずと食事を差し出す。口入れた瞬間パァッと顔が綻んでいて無事に任務を完遂できたとホッとした。

「うま!これなに!?」

「オムレツです。昔、作り方だけ教わっていて」

こんなに自分の料理を美味しく食べてくれるのは初めてだった。びっくりするのと同時にぐるるとお腹が鳴る。しっかりと聞こえたらしくキョトンとした顔でまじまじと見られて恥ずかしい。そういえば私のパンもこの人にほとんど食べられたもんな。後でオムレツを作る際に余ったクズ野菜でスープでも作ろう。

「なまえの分は?」

「私は余ったもので十分ですので」

あの家でもずっとそうしてきた。同じものを食べるなど無礼にも程がある。しかし、何が癪に触ったのか分からないが、魔王様は顔を顰めた。

「…口開けろ」

「へ?」

「何、俺の言うことが聞けないの」

「い、いえ」

地を這うような低い声と有無を言わさない威圧感に小さく口を開けると、スプーンを突っ込まれる。野菜の甘味とふわふわの卵が口いっぱいに広がった。

「なっ、上手いだろ」

パッと無表情から急ににこにこと屈託無く笑う。ピリピリとした空気がふっと柔らかなものに変わる。また気分を損ねないようにと魔王様の問いに答えたいが、口の中がいっぱいで喋れることが出来ずにコクコクと小さく頷いた。

「これからは同じの食えば?どうせ腐らせるだけだし」

「…かしこまりました」

「これ、また作ってよ」

「あの!わ、私はここにいてもいいんでしょうか…?」

きっと怒らせるのは分かっていたけど、どうしても確認しておきたかった。必要とされたかったのだ。それが相手が世界で一番の悪者だとしても。生きる意味を与えて欲しかった。

「は?」

「私は、生贄とは名ばかりの捨てられた人間です。小間使いとはいえ、お側に置くような者ではございません」

「森に踏み入れた時点でオマエは俺の所有物なんだよ。人間の理屈なんか知らねぇよ」

また空気が一変する。吸い込まれそうな深い深い黒の瞳が私を射抜いた。このまま殺されてもそれが私の運命だ。生贄として死ぬ覚悟はとうにしてたけど、スッと細められた目に睨まれると足がガクガクと震え出す。

「ま、逃げたきゃ逃げれば?気分が良けりゃそのまま逃してやるし。……まぁ殺すかもしれないけどな」

物騒な言葉とは裏腹にニッコリと笑った。この人にとって私を殺すなど虫を踏み潰すのと同じくらいなんだろう。

「それでも逃げんの?大人しく召使いしといた方が身の為だと思うけど」

私の望んだ生きる意味さえ与えられず、逃げることすら許されない。口いっぱいにご飯を放り込む姿はどう見たって少年にしか見えないのに。この男の余裕そうに笑う片方だけ上がった口角や、顎を上げて見下すような視線は悪の頂点に君臨する魔王なのだと痛感する。

「いえ、魔王様の仰せのままに」

私は頷くほかなかった。いや、私に端から拒否権などなくこの男の目に留まった時点で私の命は彼のものなのだ。



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