そこに上限はありません




私の楽しみは月曜日の2限だけではない。週に一回、火曜日は必ず一緒に帰る約束をしてる。下駄箱で待ち合わせしたり、千冬がクラスまでお迎えに来てくれたりその日によって違うが、今日は私が迎えに行くとお昼のうちに言っておいた。なぜなら私の楽しみがあるからだ。

担任が適当なのでHRが短いのが私のクラスの取り柄と言っても良い。おかげでいつも他のクラスより一足早く帰れるので、割と人気がある先生だったりする。誰よりも早く教室から出ると、ダッシュで下の学年の階に向かう。そこまでするかと自分でも思うけど仕方ない。これも可愛い千冬を見る為である。

ちょうど千冬のクラスを尋ねるとちょうど教師が出てきた所でタイミング良かったらしい。「先生さようなら」とにこりと得意の社交辞令の笑顔で挨拶をする。そのまま教室を覗き込み、社交辞令の笑顔を浮かべたまま一番教室の扉に近くにいた子に声をかけた。

「ごめんね、千冬君呼んでもらっていい?」

「あ、ハイ」

教室を覗いて千冬を見つけるのなんて、私にとったら他愛もないこと。今だって教室の前扉から一番遠いベランダ側の後ろの席にいる千冬をすぐに見つけてしまう。椅子の背もたれにもたれかかるように、ぐだーっとなって座る様は絶対に私の前ではしないなぁとレアな千冬に小さく笑ってしまう。

周りには同じような不良の子が千冬を囲んでいるけど、私の目は千冬にだけピントが合っていて、その表情を逃さないようにしっかりとフォーカスを当てた。

「千冬!」

「あ?何だよ」

「彼女さん呼んでんぞ〜」

「!」

気怠げに答えた顔から、大きな瞳がぱちくりして口がぽかんと開く。一瞬呆けた後、ハッとした顔で勢いよく立ち上がった。ガタガタと椅子が勢いよく鳴るのとは反対に、頬がじんわりとピンクに染まっていく。そうこの顔、この顔が見たかった!小さく手を振る私を見つけ、さらに「彼女」と教室で大声で言われた時の居た堪れなさそうな顔といったら。その為だけに階段を駆け上がってきたのだ。

自分が呼べばいいんだけれど、「彼女」というワードに未だに照れる千冬を見たいが為に千冬のクラスに来るとこうして誰かに呼んでもらっている。今日も私が来るの早すぎて絶対油断してたはず。期待通りの千冬に先程までの作った笑顔ではなく、自然と口角が上がっていく。むしろニヤけてしまうのを懸命に耐える。

「来るの早かったかな?」

「いえ、全然!」

いそいそと駆け寄って来る姿がワンコにしか見えなくて、可愛いと声が漏れそうになるのを必死に堪える。周りから冷やかされて「煩ぇ、黙れ!」と噛み付く姿が今度は威嚇する猫に見えてきて頭が混乱する。

可愛いなぁ。私にはしない口の悪さも、目つきの鋭さも、全部が可愛く見える私は末期だと思う。だって千冬が可愛くて動悸がする。世間じゃ、きゅんなんて可愛らしく表現するが私に至っては一種の病気に近い。千冬が可愛くて動悸めまい息切れが絶えないんだもの。いや息切れは階段ダッシュのせいかもしれない。

早く千冬を独り占めしたくて「ごめんね、千冬借りてくね」と周りの男の子達にこりと笑いかけると、冷やかす声がピタリととまって「どうぞ、どうぞ」と見送られた。

「茶化されるの嫌だった?」

「あいつらしつこいんスよ。…なまえさんにデレデレするし」

「そんなことないと思うけど」

ムスッとしたままの千冬に声をかける。冷やかされた事より、どうやら最後に微笑みかけたのがお気に召さなかったらしい。あんなの愛想笑いなのに。それも千冬と一緒にいたくてしたことなのに。

「てか、俺が迎えに行くのに。それが男の役目って言うか…」

拗ねたようにボソボソ言う千冬が可愛くって可愛くって目眩がする。他の男の子が寄ってこないように威嚇してるのを私が知ってることを千冬は知らない。その癖「なまえ、彼氏来てるよー」と私の友達が言うとアワアワしちゃうのが可愛い。彼女同様、彼氏と言われるのもまだ恥ずかしいらしい。それを知ってて、あえて千冬が来てるのに気づかないフリをしてることも千冬は知らない。

「だって、千冬は私のものって自慢したいんだもん」

「う、え、」

「浮気しちゃ、やだからね?」

「!?!?」

横を歩いてる千冬の袖を掴んでグイッと引き寄せる。顔を覗き込んで、千冬のお腹あたりのシャツをぎゅっと握り締めながら呟くようにそう告げる。頬っぺた膨らましたのはちょっとあざとかったかなと心配になったが、千冬にはクリティカルヒットしたらしい。固まるどころか持ってた鞄を勢いよく落とした。

「千冬?鞄落としたよ」

「きゅ、急に、変なこと言うからッッ」

「え、千冬浮気するの…」

「しませんよ!!俺はなまえさん以外の女、興味ありません!」

とんでもない殺し文句を叫んでること自覚してないんだろうなぁと笑っちゃいそうになるのを堪えようと思ったけど、ついクスクスと笑い声が漏れてしまう。笑ってる私が言ったことを信じてないと思ったのか「本当ですからね!」と勘違いしたままの千冬は言った。

「お、猫」

「わ〜ほんとだ。ノラちゃんかな」

千冬の殺し文句について、もうちょっとからかいたい気持ちを抑えてゆっくりと帰路につく。塀の上の猫を見つけると千冬の目がキラキラと子どもみたいに輝いていた。

「可愛いっスね」

「ね。千冬の次に可愛いねぇ」

「ちょっと!いつまでそれでからかうんスか」

「えー、ほんとのことだもん」

猫を見上げる千冬の横顔を見つめる。この間のヤキモチの件を引っ張り出すと案の定、顔を真っ赤にする。自分が言った手前反論できないのか、ぐぬぬと悔しそうな顔が私の可愛い千冬を見たい欲望に火をつける。

「動物は除外します!!」

「人間も動物だよー」

「なら、人間以外」

「女の子も?子どもも?可愛いって言っちゃダメ?」

「ッッ!俺以外の男に禁止!」

欲しかった言葉を聞き出せて私は大満足になる。でも、可愛いからって今日はからかいすぎたかな。ふいっと顔を隠すようにそっぽ向いた千冬に罪悪感が芽生える。ごめんねと伝えようと千冬の袖を掴む。でも気づいたら千冬の可愛い顔が目の間に合って、ん?と不思議に思う前にふにっと唇に柔らかい感触。

「からかった仕返し」

不意打ちのキスに呆然としてると、ニィッと悪戯っ子みたいに笑った千冬の耳が赤くなってたのを私の目は見逃さなかった。やっぱり私の目は千冬にだけピントが合ってるらしい。

「びっ、くりしたぁ」

「俺を甘くみてるからっスよ」

ようやく口から出たのはそんな私らしくない言葉。いつも可愛い千冬が、フフンとちょっと余裕ありげに笑うもんだからなんだか悔しくなる。また猫の方に向いてしまった千冬に、先程から掴んだままの袖を引っ張って「もう一回」と言ってみた。

湯気が出そうなくらいの千冬にカッコいい千冬も好きだけどやっぱり可愛い千冬が1番だなぁと一向にやってこない二度目のキスを待ちながらそう思っていた。



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