可愛いはつくれる
先月の終わり、ホームルームで席替えをした。できれば後ろから2番目がよかった。だって1番後ろだとプリント回収で立ち上がらなきゃいけないから。でも実際引いたくじによって重たい机を運んだ先は1番窓側のちょうど真ん中の席。まあ教壇の前よりマシかと思ったけどこれがまた劣悪な席だと1日目にして痛感した。
窓からの日差しが照りつけて日焼けが気になるし、眩しくて黒板見えない。なによりも冷房が直接当たって寒いわ、肌乾燥するわの女子からしたらいい事なしの席。割と本気で隣の男子と席交換できないか直談判しようと思ったくらい。けど、ある事を知って一生この席でいいと思った私は現金すぎるのかもしれない。
月曜日の2限目だけはこの席が最高の席に変わる。ちょうどこの席からだけは座りながらでも見えるグラウンド。そこにチャイムが鳴る少し前には、ちらほらと生徒が出てくる。その中にはキラキラ光る金髪。こっちを見上げてるのに気づいて教科書に隠れて小さく手を振った。
「!」
キョロキョロとあたりを見渡してから、戸惑うように手を振りかえしてくれる。千冬以外に下の学年に知り合いはいないから安心して振りかえしてくれたらいいのに。そう思う反面、可愛いなぁと口元がにやける。たった50分間。1週間のうちのたった一つの千冬の授業を見る為だけに、私は毎日、日焼け止めと保湿クリームとカーディガンを常備して劣悪な環境に耐え抜いていると言ってもいい。
千冬は可愛い。恋人の贔屓目なしにも可愛い。とんでもなく可愛い。だってジャージ姿であんなにも可愛いんだもの。けれど可愛いと言うと明らかにムスッとするので「千冬かっこいいね」と褒める。するとそれはもう嬉しそうに「だろ」と笑う。あー可愛いなぁもう。思い出しただけで胸がキュンと高鳴る。
「千冬、先生に怒られてたでしょ」
「え、見てたんスか」
昼休み、今日はお弁当じゃなくてコンビニのパンにかぶりついてる千冬にそう言えば「見られてないと思ってたのに…」とボソッと呟く。なんなら怒られたのを私に見られてないかこっちを確認する千冬まで一部始終しっかり見ていた。こんなことなら他の体育の授業日は音楽と美術で移動教室で見れないのが悔やまれる。
「ちゃんと授業聞いてないとダメっスよ」
「ええ〜、千冬のこと見てたいんだもん。ダメ?」
「〜〜ッッ!ダメじゃないけどッ」
「えへへ、やった〜!」
千冬が私のお願いに弱いのは、照れて顔を真っ赤にする千冬を見れば誰が見ても明らかだ。歳の離れた兄姉を持つ私はおねだりなどお手の物。それを分かっててやるのは卑怯かもしれないが、可愛い千冬を見れるならなんだってする。
「大体、俺見てて何が楽しいんですか」
「だって千冬可愛いし」
「…また可愛いって」
「それに好きだからずっと見てたいんだもん」
可愛いと言われてムスくれるのは分かっていてもつい言いたくなる。拗ねる姿すら可愛いのでむしろ定期的に言ってしまうくらい。追い討ちで好きと伝えると、見る見るうちに耳まで赤くなる。その様子を写真か動画を今すぐ撮りたいけど、流石に怒られるの心に焼き付けるようにまじまじと見つめる。
「お、俺、俺も!いや、俺の方がッッ」
「ん?」
「す、すき、です、けどッッ!」
「うん。私も大好きだよ」
好きと言うだけなのに、手に持ってるパンを握りつぶす勢い。焼きそばパンから「ぐえ」と悲鳴が聞こえてきた気がした。好きなんていつもなら中々言ってくれない照れ屋なのに、目を逸らさないのが千冬らしくて好きだなぁと思う。当然のように大好きだと伝えたら、さらに顔を真っ赤にさせてフリーズしてしまった。千冬に大好きはハードルが高かったらしい。口をぱくぱくとさせていたが結局は何も言えずに閉じてしまった。
もうちょっと照れてる姿を楽しみたいが我慢する。いつか大好きと言ってほしいけど、こうして一緒にご飯を食べるだけで十分すぎるくらい幸せ。好物は最後に食べる派の私はまだお弁当の大好きな卵焼きには手をつけない。それと同じように、またの楽しみを取っておくことにする。
「そうだ、マイキー君だっけ?東卍の人に会ったよ〜」
「それ、うちの総長ですよ」
千冬が通常運転に戻るようにと世間話がてら、この間の出来事を伝えた。放課後に場地君に会いに来た東卍の人達を案内した。「ねー、お腹すいた〜〜!!」と暴れてたから、持ってたオヤツをあげると目を輝かせてる姿が甥っ子(2歳)とそっくりでなんだか可愛かった。
「もっとこわい人だと思ってたけど、なんか可愛い人だね」
「は」
ぺちゃんこになったパンをもそもそと食べてた千冬がポカンと口を開ける。いつも千冬に言うようについ可愛いと言ってしまったが、仮にも総長に可愛いは良くない表現だったかもしれない。
「あ、ごめん。千冬の先輩に可愛いは失礼だったね」
「そうじゃなくて、」
「ん?」
慌てて謝るが、そういうことではなかったらしい。微妙な顔をして眉をひそめると、何か言いたそうに視線をそらせると「あー」とか「うー」とか小さく声を漏らす。優柔不断のハッキリしない男は嫌だと友達が話してたけど、私はこんな千冬が可愛くて仕方がない。千冬のことなら永遠に見てられる自信がある。ようやく決意を固めたらしく、きゅっと目尻の上がったおおきな瞳にじっと見つめられる。
「…なまえさんが可愛いって言うのは、お、俺だけにして下さい」
口に運ぼうとしてた卵焼きがポロッと落ちたけれど、それどころじゃない。何だこの生き物は。可愛いと言われるのを嫌がるのに他の人に言うのはもっと嫌がるなんて可愛すぎやしないか。口を尖らせて拗ねたように言う千冬に今度は私の方が固まる。
年下なのを気にしてるからか、可愛い可愛いと子ども扱いしようもんなら、プリプリするのに。そうゆう顔に出ちゃう所が世界一可愛いと大声で叫びたい。あんまりからかってへそ曲げられるといけないから毎日私の中に千冬に言えない可愛いが溜まっていくばかり。
「マイキー君とか、他の男には言うの禁止。分かった…?」
顎をちょっと引いてるから自然と上目遣いになる千冬にキュンとするなんて生優しいもんじゃない感情が身体中を駆け巡る。可愛いすぎるヤキモチに私の中に溜まっていた可愛いが暴走してるのだ。千冬は一体私をどこまで堕とせば気が済むのだろう。
「返事」
「はい…」
こんな捨てられた子犬みたいな顔で縋られたら頷くしか返事はない。そもそも可愛いは千冬の専売特許で私が目移りすることなんてないのに。私の「可愛い」は一生千冬の為だけにある言葉だと思うと期待で胸が高鳴る。私のスカートの上に落ちた卵焼きは「3秒ルール!」と千冬がパクッと食べてしまった。ああ、今日も私の彼氏が可愛すぎて困る。