「あれ?またあの可愛い子来てるやん」
「ゴールデンウィーク中も来とったらしいで。宮君の従兄妹やねんて」
「あー、通りで顔が整ってるわけやなぁ」
ある日の放課後、家庭科部の女生徒2名が買い出しに行こうと校門に向かう途中、バレー部員に連れられて歩いてくる小さな女の子を見かける。
少し前に突如、宮兄弟に連れられて稲荷崎に現れた謎の美少女。あの宮侑がそれはもう幸せそうに、ふにゃっと柔らかい表情で笑いかけてる姿は、去年同じクラスで侑の傍若無人ぶりを知っている彼女達でも不覚にもキュンとときめいてしまう優しげな表情だった。きっとあの日、双子に恋に落ちた女生徒は少なくないはずだろう。
「角名くん、おみやげたべてくれた?」
「うん、美味しかったよ」
「なまえね、信介くんにもわたせたの!」
「よかったね」
バレー部員、角名に手を繋がれて校門からやってくる2人と距離が近くなり、角名と小さな女の子、なまえの会話が自然と聞こえてきて、思わず視線を向けた。
角名に連れられてるから余計に小さく可憐に見えるなまえに、宮兄弟が可愛がるのも無理もないと彼女達はなまえを一目見て納得する。
うっわ、近くで見たらさらに可愛い。目くりくりやし、色白いし何やこれ人形かな?可愛すぎる。それより何でこんな可愛い子を前に角名君はそんな無表情で平然としてれるん。目おかしない?
家庭科部の1人、現在角名と同じクラスの女生徒は淡々となまえに接する角名に、角名君目細いし見えてへんのかなと心の中でかなり失礼なことを思っていると、なまえの大きな瞳とパチリと目が合う。
「こんにちは!」
家庭科部の彼女たちは、前回のなまえの訪問は遠目に見ていただけで今日、今まさに初対面だというのに、にこーっと無邪気に笑いかけてくるなまえに、可愛い見た目だけやなくて人懐っこいとか反則やろ!となまえの満面の笑顔に胸を打たれる。
「おねえちゃんたちもぶかつ??」
「うん、家庭科部なんよ」
「?」
「えっとね、お菓子とか服とか作るの」
「おねえちゃん、おようふく作れるの!?」
なまえは家庭科部というものがよく分かってない様子だったが、活動内容を知るや否やパァっと顔を輝かせた。
「角名くん!おねえちゃんおかしも作れるんだって、すごいね!すごいね!」と目をキラキラさせて興奮ぎみに話すなまえに、彼女たちは今後この世で1番可愛いものが何か聞かれたら「この目の前にいる女の子です」と答えようと本気で思った。
あ、落ちたな。と角名は目の前の同級生達がなまえの虜になったと確信する。褒め上手ななまえがバレー部でも次々と部員達を陥落していったのは記憶に新しい。その時と同じようななまえの本心からのベタ褒めの嵐に、彼女達は宮侑にキュンとしたのなんか比べ物にならないくらいズキュンと心臓を打ちぬかれた。
「侑は人でなしだけど、なまえは人たらしだね」
「? なまえと侑くんにてるの?」
「んー、真逆ってことだよ」
今度、家庭科部に遊びに行く約束を取り付けてるんるんと歩くなまえに、角名が言った言葉の意味が分からなくて不思議そうに首をかしげる。なまえの言う通り、言葉の音だけでは似ているが意味は全然違う。正確には真逆という訳ではないだろうが、小学1年のなまえに上手く説明する自信もないので適当に誤魔化した。
___
体育館に着くと、銀島と喋っていた侑が誰よりも早くなまえに駆け寄る。角名に校門までなまえを迎えに行くように頼んできた治はまだ委員会が終わってないのか来ていないようだった。
「侑くん、ひとでなん?」
「ヒトデ?水族館行きたいんか?」
「違うよ。ヒトデじゃなくて人でなし」
「角名!いらんこと教えんなや」
角名が先程話していた言葉が気になっていたのか、なまえは侑に尋ねるも微妙に言葉が足りなくて上手く伝わらない。角名が口をはさむとなまえに余計な事教えたと侑は不服そうにムッとする。
「あ、治くん!なまえはみたらしやねんて」
「何の話や?今日のおやつか」
委員会の事をすっかり忘れてたせいでなまえを迎えに行けなくなった治がようやく姿を見せる。なまえが甘えるように治にぴとっと抱きつくとそれまで仏頂面だった顔もふにゃっと柔らかくなった。またしても間違えて覚えてるなまえに「人たらしね」と角名がまた訂正をした。
「角名がなまえにいらんこと教えんねん」
「人でなしなんだから仕方ないじゃん」
「事実やな」
「なまえ〜、角名とサムがいじめてくる〜」
「侑くん元気ない?なまえのこと、ぎゅってする?」
「する!」
侑がうえーんと泣いたふりでなまえに泣きつくとよしよしと小さな手で侑の頭を撫でる。本人は一切自覚がないだろうが、侑を抱きしめるために両腕を広げて首をこてんと傾げながら聞くなまえの無自覚のあざとさに侑は「ハァウッ」と思わず声が漏れる。
「なまえはツムに甘すぎるわ」
「侑が甘やかしてるんじゃないんだ…」
「10個も下の子に何やってんねん」
「俺となまえの仲やからええねん!」
侑の言う通りなまえは仕方なく侑の相手をしているという訳では無く、むぎゅーっと侑に抱きしめられてむしろ楽しそうに笑い声をあげている。なまえが優しくていい子というのもあるだろうが、侑の精神年齢がなまえと同じくらいだからこそ仲良くやっていけてるのだろう。
「なまえ、そこまで面倒みなくてもええねんで」
「でも、なまえは侑くんにもらってもらうやくそくやもん」
「何を貰ってもらうの?」
「なまえが大きくなって、もらいてがなかったら侑くんにもらってもらうねん」
「侑のが貰い手ないんちゃうん…」
「失礼やぞ!引く手数多やわ!」
「治じゃないんだ」
将来結婚できなかったら侑にもらって貰うと言うなまえに角名は不思議に思う。銀島の言う通り侑の貰い手がいないのは容易に想像できるが、最初に会った時から感じていることだが、なまえは治の方に懐いている(侑は認めないと思うけど)。基本的に侑のことも好きなようだが、ここ何日か見ていても最終的に治にくっついてることが多いなまえが治ではなく侑を選択した事に疑問を持ったのだ。
「侑くんにきずもんにされたから、せきにんとってもらうねん」
「まじもんの人でなしかよ…」
「侑、こんなちっこい子に何やってん…」
「ちょ、何でそんな白い目でみるん!?やめろや!何もしてへんし!」
「侑ならやりかねない」
言葉の意味をわかってないなまえはニコニコと屈託ない笑顔で傷物にされたととんでもない事を告げるので角名も銀島も冷たい視線を向ける。「昔、侑に抱っこされた時に落とされて額に怪我あんねん」と治がなまえの額にある小さな傷を見せるまで中々侑の誤解は解けなかった。
prev next