強豪である稲荷崎高校バレー部は普段から見学者が後を絶えない。また、バレー部のファンだけでなくバレー部名物双子乱闘の野次馬が集まることも多々あり、日頃から良くも悪くもと注目される事が多かった。
そんなバレー部に宮兄弟が、めちゃくそ可愛い女の子を連れてきたと瞬く間に噂が広がり、すでに体育館にはバレー部以外の稲高生達がちらほらと集まり始めていた。
その話題の可愛い女の子は、双子の片割れ侑に抱かれたまま時折、侑に「なまえはほんま可愛ええなぁ」とさらにぎゅっと抱きしめられるとえへへと嬉しそうに笑って侑に頬擦りをする。微笑み合うその光景に野次馬だけでなくバレー部の面々も驚きを隠せない。
「この大きい人は大耳さんやでー」
「おーみさん?おみみさん?」
「コーチの名前とごっちゃになっとんな」
「ふ、大耳練や。言いにくなら名前でもええよ」
「じゃあ練くん!なまえのこともなまえってよんでね」
侑と治がなまえを連れて監督とコーチに挨拶をした後、1人ずつ部員を紹介していく。なまえは自分の倍ほどあるバレー部員たちに臆することなく愛くるしく愛嬌を振りまきながら持ち前の人懐っこさを発揮する。稲荷崎の中でも強面な大耳にも怖がることなく、にこーっと笑いかけた。
「練くんは治くんより大っきいの?」
「せやなぁ、部内やと一番やな」
「いちばん!?なまえ、練くんにだっこしてほしい!」
「なまえは肝据わっとるなぁ」
「え〜、俺のままでええやん」
「ええで、おいで」
「やったぁ!」
「大耳さんになまえ取られてしもた…」
相手が治であればなまえを渡す気などさらさらないのだが、相手は先輩にあたる大耳である以上侑はしぶしぶなまえを引き渡す。侑の首に回されてたなまえの腕が離れて大耳にその細っこい腕を目一杯伸ばした。
「大耳さんとなまえ親子に見えるわ」
「ほんまやな、違和感ないわ」
「それどういう意味や」
大耳に抱っこされたなまえが妙にしっくりしていて侑も治も2人して感嘆の声を漏らした。
「お!その子が噂のなまえか」
大耳に抱っこされた後は、寂しがっていた侑の元に戻って自然にその手を繋ぐ。そこへ大耳と入れ替わるようにやってきた銀島が顔を出した。
「なまえ、こいつは俺と同じクラスの銀や」
「こんにちは!なまえのことしってるの??」
「侑と治からなまえの話ようけ聞いてたから知ってんねん」
「侑くんと治くんがなまえのおはなしするの?」
「せやで、なまえのこと大好きなんやろなぁ」
「えへ、なまえも2人のこと大すきやねん」
なまえの目線に合わせてしゃがみこんで話す銀島になまえは照れたように笑う。一人っ子で兄弟のいない銀島だが、すんなりとなまえと仲良くなるのは持ち前の面倒見の良さなのかもしれない。
「何か意外」
「何がや?」
「銀って子どもとか苦手そうだと思ってた」
「苦手も何も子どもやねんから何も身構える必要ないやん」
「…」
銀島となまえのやりとりを見ていた角名が声をかけると、さも当然のように話す銀島に初対面の子どもに身構えて敬語使ったことを思い出して角名は面白くなさそうに眉を顰めた。
「あ、北さんや。チーーッス!」
「なまえ、北さんは主将やからちゃんと挨拶しよな」
「!」
珍しく少し遅めにやってきた北に挨拶させようとするとなまえは北の方を見ると繋いでた手を離してパッと治の後ろに隠れてしまう。双子はいまだかつてなまえが人見知りしてるところは見たこともない。先程も190pオーバーで強面の大耳さんにも怖がることなく抱っこをせがんだ強者であるなまえのこの行動に侑も治も驚く。
「ちゃんと挨拶せなあかんで」
「ほら、北さんにこんにちはしぃや」
北さんの圧を感じとって隠れたんやろかと心配になるが相手が相手なので、侑と治は今日なまえの保護者として北にはしっかり挨拶をしてもらわねば困るのだ。さすがにこんな小さな子に正論パンチをかますとは思えないがじっとなまえの方を見る北に双子は冷や汗が止まらなかった。
ようやく治の陰からひょっこり顔を出すと蚊が鳴くような声で挨拶をした。
「こ、こんにちわ」
「何や自分、侑と治の従兄妹やったんか」
「えと、侑くんと治くんのいとこのなまえです。こないだはお花ありがとう。今日は1日よろしくおねがいします」
「主将の北信介や。今日はゆっくりしていきな」
北がしゃがみこんでなまえに目線を合わせて挨拶をする。北が監督に呼ばれてその場を離れるとまたなまえは恥ずかしがるようにぎゅーっと治に抱きついた。
「え、待って今のなんなん」
「なまえの好きな人ってまさか」
「「北さんなん!?」」
___
練習が始まるとなまえは邪魔にならないように2階のギャラリーに上がる。練習の合間になまえを見上げて手を振ってくれるアランや先程挨拶したばかりのバレー部員達に嬉しそうに手を振りかえした。
侑と治も例外なく、なまえを気にしてちょくちょくなまえのいるギャラリーを見上げる。「がんばれー」となまえの可愛らしい応援にいつもであれば大はしゃぎしそうな2人だが、侑も治も力なく手をふり返すのが精一杯だった。
何時間も練習をひたすら見るには流石に小学生のなまえの集中力はもたない。時間潰しのためになまえは持ってきていた灰かぶりの王子の本を開く。
『王子に魔法の雨が降りかかり灰がかったグレーの髪がみるみるうちに純白に輝きだしました。
王子は悪い魔女に騙され、その美しい純白の髪を灰をかぶったような暗いものに変えられていたのです。』
本に書かれた王子様のように白い髪の北の姿をなまえはじっとみつめる。
なまえにお花をくれたあのときのやさしいお兄ちゃんだ。やっぱり王子さまみたい。
北の肩にかけられたジャージが風で揺れるたび、なまえはそれが王子様のマントのようだと思った。
「え、何。双子さっきまでテンション高かったのに」
「なまえの初恋相手が北さんやってんて」
「オッホホ」
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