「なぁ、銀」
「ちょお、面かせや」
練習開始前、侑と治が同学年で同じレギュラーである銀島が来るや否や、銀島に逃げられぬよう両脇に立ち塞がる。完全に目が据わっている双子から急に殺気を一身に向けられた銀島は何事かと思わず固まる。
そのすぐ隣、銀島と同じタイミングで体育館に訪れた角名は、対戦相手にするような威圧感を醸し出してる双子の只ならぬ空気に、銀は一体何したんだよと朝から絡まれる銀島をチラリと見るも、自分に火の粉が降りかからない、けど話は聞こえる絶妙な距離感を取った。
「な、何やねん」
「お前、最近小さい女の子に話しかけたりしてへんか」
「めちゃめちゃ可愛い栗毛の女の子やで」
「はぁ?そんな子と話した覚えないわ。何なん急に?」
「銀、そんな趣味あったんだ」
「いや、ないって言うとるやん!!」
双子に挟まれてたじろぎながらも銀島が聞き返せば、思いもよらない質問が飛んできて首を捻りながらも否定する。興味本位で1人、外野から見ていた角名がからかえば、銀島はやはり身に覚えがなく、しかも角名の言い方は道徳的に良くないことを疑われてる気がしてきて再度強く否定した。
「4月16日の16時頃やぞ!」
「その日のアリバイ言うてみぃ!」
「尋問じゃん」
「その日のことかは覚えとらんけど、確実にここ最近で小さい子と話してへんで。そもそも、その時間はお前らと部活しとるやん」
ドラマの刑事の取り調べのようなやりとりに角名はケラケラと笑っているが、当事者たちは至極真面目な様子で面白がる角名に目も暮れず、ジリジリと銀島に詰め寄る。少し冷静さを取り戻した銀島が真っ当な意見を述べると「あ、ほんまやな」と完全な銀島のアリバイに2人して肩透かしを食う。
「じゃあ誰やねん!」
「やっぱ、他の部活の奴ちゃうか」
「そんなん見つけるんむっちゃ大変やんけ」
「ツム、なまえをたぶらかした奴を野放しにしててええんか!?」
「俺らの可愛いなまえを弄んだ奴なんて許せんし!絶対見つけたるわ、なぁサム!」
銀島の潔白は証明されたのだが、どうやら問題は解決はしてないらしく、むしろ余計に苛立ったように声を荒げた。銀島は「結局何やってん…」と双子の鬼絡みの真相が分からず不満を漏らすが、角名は聞き覚えのある名前にもしかしてと推理を始める。
『双子の知り合いの女の子』で『栗毛』の『名前がなまえ』ここまで来れば数ヶ月前の新人大会に応援に来ていた双子の溺愛する従兄妹のなまえのことだろうと結論付けた。
実際、前の大会でなまえと会って名前と顔を認識した後は、双子から「なまえ」と言う単語がよく出てくることに角名は気づいていた。もしかすると、知らない名前だった為、聞き逃していただけで今までもよく話していたのかもしれない。
さらに3月頃からは拍車をかけてなまえの話が多くなっており、今年からクラスメイトになった治に何となく聞いてみれば「この間から毎週泊まりに来てんねん」と頼んでもないのに、寝癖のついたままのパジャマ姿のなまえがおにぎりを頬張る写真をみせられた(治の作ったおにぎりだったらしい)
「そんな気になるなら、本人連れてきて探せばいいじゃん」
「「は?」」
「こないだの新人大会で連れてた従兄妹の子が関係してるんでしょ?」
「せやけど、よぉ分かったな」
「まさか、お前か!?」
「治にしょっちゅう写真はみせられてるけど、大会以降は本物に会ってないよ」
双子の会話からなまえに稲荷崎の生徒が関わっていてその人物を探してるようだったと推理してそう提案してみれば、考えもしなかったのか2人揃って素っ頓狂な声を出した。その後、角名にまで疑いを向け出した侑と治に否定しつつ、従兄妹の身によっぽどのことが起きたのかと気になって話の続きを尋ねる。
「で、何かあったの?」
「なまえが稲高の奴に会ったらしいねんけど、その生徒が王子様みたいでかっこよかったんやと…」
「かっこいいどころか、なまえの初恋奪われたんや。なまえの初恋相手は俺や思てたのに…」
「何言うてんねん。ツムは絶対ないわ」
「なんっでやねん!!」
「10も歳離れとる子どもに我儘ばっかやっとる自分の胸に聞いてみろや」
「うっさいわ!お前こそ、『なまえの王子様やねん』とか言われてた癖に何処の馬の骨か分からん奴にそのポジション奪われとるやんけ」
「似てないなまえのモノマネ辞めろや!きっしょいわ!」
先程まで共闘していたはずの双子が揉め出し始め、話が進まないことに角名は呆れたようにため息を吐く。一方で、角名と違ってなまえを知らない銀島も会話の流れで多少なりとも状況を把握しだす。
「俺、その初恋相手やと疑われとったん?」
「みたいだね」
「自分で言うのもなんやけど、王子って柄やないけどな」
「ちゃうねん、その王子っちゅうのがなまえのお気に入りの本に出てくる王子にそっくりやったんやと」
「そいつが灰かぶり王子言うて髪の毛がグレーっぽいねん。ほら、銀も髪の毛グレーがかってるやんか」
「それだけの情報で俺は疑われたんか…」
「どんまい」
髪の色だけで疑われて双子に詰め寄られた銀島は災難としか言いようがない。いや、その情報だけであんなに強気に出る双子がおかしいが悪びれる様子もない。呆れていてもしょうがないので角名はため息を飲み込んで話の続きを促す。
「ねぇ、他に分かってることないの?」
「稲高のジャージ来てたらしいんやけどそれ以外わからんねん」
「あと、そん時にかっこよぉ現れて桜の花くれたんやと」
「花渡すとかイキっとるよなぁ」
「ほんまや!王子ぶりよって」
唯一の情報源のなまえはまだ幼い為、どうやら有力な情報はないらしい。しかし、溺愛するなまえの初恋相手が認められないらしく、何としてでも探しだして、あわよくば初恋が無かったことにして欲しい双子は悪態をつきながら、ふと先程の角名の言葉を思い出した。
「てか、さっき角名が言ってたの名案やな!」
「せや、なまえに直接見てもろたら1番ええわ」
「じゃあ、探すの頑張って」
「よっしゃ!なまえの初恋相手探し隊ここに結成やな!」
「角名は参謀やで!」
「え、俺も入ってるの」
「「当たり前やん」」
最初は距離を取っていたつもりだったのに、踏み込みすぎたと角名が気付いた時にはもう遅く、両サイドから肩を組まれ最初の銀島のように逃げられないと悟った角名は、先程のため息よりも深く息を吐いた。
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