放課後sweets time!
「……んむ、おいひい」
「ほんと?やったぁ!!」
ボウルの端の生クリームを、小指で掬う。
「……んじゃ、こっちは?」
「ん──……ちょっとチョコを増やしてくれると嬉しいかな、味のバランスが好みじゃないから」
バレンタインデーが終わったばかりだというのに、詩羽は何故か家庭科室を借りてお菓子作りを始めた。
そして、私はいつの間にか、そのお菓子の味見係になっていた。
カッカッカッカッ、と泡立て器とボウルが音を立てている。
「……ねぇうた、これ誰の為のチーズケーキ?天爛のため?」
「違うよー」
あっさり否定した詩羽は、ストレス発散、言い換えるとみんなの笑顔の為、と続けた。
意味が分からない。言い換えになっていないとしか思えない。
「海ちゃんも作れば分かるよ」
「楠、手伝わないなら下がってなさい。食べさせないわよ」
「……手伝い、」
「分かった分かった」
オーブンの調整をしていた冴と、呪文を唱えながら水に皿を突っ込んでいた十六夜に言われて、私は仕方なく引き下がる。
結局理由なんか分からないまま、私は家庭科室を出た。

「……あ、楠」
「お、天爛じゃん、どうした?」
「いや……いい匂いがしてたから気になって」
確かに。
ずっと家庭科室の中にいたから分からなかったが、もうすぐベイクドチーズケーキが焼ける頃だ。
「天も、もうすぐ分かるから……待ってなよ」
「分かった。楠がそう言うなら……。」
詩羽が惚れ直しそうな笑顔で、天爛が優しく笑う。
「おい天爛──!!実験レポート──!!」
下の階で、化学部員が叫んでいる。なら私は、ここで退散するとするか。
「今行く──!!……じゃあな、楠」
「またね、天」



「じゃん、けん、ぽん!よし私から──!!」
「凍らされたいのか、螺陽」
「いやいやいや」
「ならズルするな」
「始めるよー」
教室に戻ると、そこには螺陽とsnow、梢がいた。
「あ、楠じゃん」
「あーもう始めるよってばー……楠もやる?」
「ウノ?遠慮しとくー……あ、詩羽がチーズケーキ焼いてるよ」
「チーズケーキ!?おいしそう!!」
「もう少ししたら行くといいよー」
「ありがとな」
「ありがとうー」
「絶対貰うわ」
鞄を手にとって教室を出る。……行くか。



廊下に出ると、ふいに後ろから呼び止められた。
「楠」
「西園寺!!」
「いい所に来たな。……ほら、これやる」
「あ……ミルクキャラメルっ!!……私が貰っていいの?」
「あぁ」
「みんな甘いもの食べたい時期なのかな…」
「みんな?……そういえば弥代がケーキ作るとか言っていたな……」
「今家庭科室で作ってるよ」
「そうなのか……。別にたまたまタイミングが合っただけだと思うがな」
そう言いつつ、西園寺に、手のひらにぽん、とミルクキャラメルを1つ乗せられて、ついまじまじと見つめてしまう。
「おいしそう…ありがとう、西園寺!!」
「喜んで貰えたなら良かった」
普段なかなか笑わない西園寺が笑ってくれたのが、なんだか嬉しくて、私も素直に笑えた気がした。
「後で気が向いたら、弥代も見に行ってみるか」
「詩羽、きっと喜ぶよ」
なんで自分がそんなことを言ったのか、言ってしまってから、なんだか不思議に思った。



中央階段を上っていると、何かが目の端で上昇していった気がした。
「ぶつかるなよ、颪ー」
頭上からのくぐもった声に視線を上へとあげれば、
「お前がな、冒険者」
空で颪と戯れる冒険者がいた。階段広場で何やってんだか。鷹刃はそれを見上げている。……平和だなー。
「何やってんの、ぼうけん」
階段を少し降りて、階段広場へのドアを開ければ、
「遊んでやってんの」
「颪に構ってやってんの」
勢い良く風が流れ込んで来ると同時に、鷹刃と冒険者から同時に返答された。
「子供っぽい……。」
「意外に子供っぽい奴だよな。本人に言ったら怒られそうだが」
「そうだね」
「おいお前達、聞こえてるぞー!!」
「「はいはい」」
鷹刃と2人して、子供をあやすように返答してしまったことに気付いて。
顔を見合わせたら、自然と笑い声が漏れて、2人でひとしきり笑ってしまった。
「おい、鷹刃、冒険者、……お、楠もいるのな」
「ハネガ!!」
「呼びにきたよー♪」
「かん、どうした」
「snowが弥代の作ってるケーキをみんなで食べに行こう、って!」
「行くだろ?」
「……仕方ない、行くか。」
「私も戻るー」
「ならみんなで行きましょ!!」



ぼうけんたちはsnowと合流してから来るらしい。
大事になっちゃったな…みんなに言ったの私だ……私言ったことバレたら怒られるのかな?
それはそれで、きっと、楽しいからいいのだけれど。
「……ただいまー」
「海ちゃんお帰りー」
まるでどこかの家のように、でもすごく自然に、こんな挨拶をしてしまうのは……それは、それは、私がここにいることを楽しいと思っている証拠なのだろうか。
「あ、海ちゃんキャラメル持ってる!!」
机の上に、鞄や上着と共に放り出したミルクキャラメルに、詩羽が目を留める。
「あ、これ、うん……そうだけど。いる?」
「いる、っていうか…素晴らしいよ、海ちゃんこっち来て!!」
詩羽に手を引かれて、家庭科室の奥へと進む。
詩羽は、フライパンに豪快にオレンジ色の粒を入れていく。更にそれが浸るか浸らないか位の油を入れて、蓋をする。
「はい、じゃあこれ振ってて」
「うん……?」
「熱が均等に伝われば良いから、中身を回す位でいいよー♪」
「……こう?」
「そうそう!!」
慣れてくると、私にとっては、こんなフライパンの重量は全く苦じゃなくなってくる。
軽く回していたら、
ぽんっ!
「!!!!」
「わぁできてきた!!」
「ポップコーン作ってるの、楠?」
「う、うん、そうみたい」
フライパンの蓋の下で、ポップコーンが無数に弾けていく。1個弾けると止まらない。
「海ちゃん、音が落ち着いたら教えて。それまでは振り続けててね?」
ポップコーンが弾けた分だけ、なぜか重くなっていくフライパンを支えようと、力を入れ直す。
いつの間にか真面目になっている自分にも気付いて、びっくりしながら気合いを入れ直す。
「う、うん、分かった」
返答したら、詩羽は、自分のバックを漁りに行ってしまった。あいつ何やってるんだ。
「あった──!!」
「へ?」
「キャラメル2個目〜♪」
言いながら、詩羽は私の持っているのと同じキャラメルを持ってきた。
「海ちゃん、西園寺に貰ったんでしょ?」
「そうだよ」
「やっぱりね……なら私のも西園寺に貰ったやつだから……これでおっけー♪」
「弥代ー来たぞー」
「詩羽?」
「西園寺に天爛!!!!もうすぐ出来るからそこ座って待ってて!」
「分かった」
「うん」
「あっ待って詩羽っ音しなくなったっ」
「じゃあ火を止めて、蓋開けてこの2個のキャラメル乗せてまた閉じて振って!今度はゆっくり振ってね!!」
「うん!……わぁっ!!」
「どしたの海ちゃん!?」
「ポップコーン跳ねた!!」
「そりゃ跳ねるよ!!ほら蓋閉めて!」
「あぁ……一個落っこっちゃった…」
「仕方ないなぁ」
詩羽が塩をばっ、とかけてポップコーンを口へ放り込む。
なんだか可笑しくて、でも嬉しくて、ひとしきり笑った。どうしてだろ。どうして私、今日こんなに笑ってるんだろう。
「そろそろいいんじゃない?」
「あ、冴、ありがと」
冴に言われて、やっとフライパンの蓋を開ける。そして、そのまま中身をクッキングシートにあける。
「わぁ、キャラメルポップコーン!!!!」
「海ちゃんが作ったんだよ?」
「私!?」
「そうそう!!」
詩羽にキャラメルポップコーンを口の中に放り込まれると、一瞬で甘さが広がる。
「おいしい……」
「詩羽、チーズケーキ出来上がるわよ」
「はーい!!」
冴に呼ばれて、詩羽が駆けていく。
振り向いたら、それを優しい笑顔で見守っている天爛と西園寺がいた。
その後ろのドアから、更に、
「弥代──いるか──っ?」
漫研勢が顔を覗かせた。



みんなにそこそこ受け入れてもらえれば、排除されなきゃ、それでいい。私はずっと、そう思って生きてきた。
でも、その考えは変わるかもしれない、と、みんなの笑顔を見て、少し思った。
「おいしい……!!美味いよ楠!!」
「良かった…ありがとう!!」
「海ちゃん良かったね!!」

だって、目の前の冴も、詩羽も、十六夜も違う。利益はないのに、みんなを笑顔にしようとする……なのに偽善者でも無くて。
「みんなー、チーズケーキ焼き上がったからどうぞー」
「やったあぁ!!」
「出来立てはスフレみたいで美味しいんだよ!!」
「本当だ!!」
「海ちゃん、このチーズケーキ食べみて?」
「へ?私!?」
「うん。海ちゃんはカルシウム足りなそうだからこっちのマーブルのチーズケーキ!!タルト生地の配合も変えてあるんだよー」
「なんでカルシウムっ」
「疲労回復に効果があるんだよー、海ちゃん疲れてるでしょ?」
「うん……。詩羽、意外にすごいんだねー」
「意外になんて酷いー」
そう言うと、詩羽は私の頭に顎を乗せて、
「私そういうお仕事がしたいんだ……みんなを笑顔に出来るような」
「詩羽……。」
詩羽が真面目に言うから、なんだか反論出来なくなってしまった。
チーズケーキも、ポップコーンもみんなで頬張りながら、やっぱり幸せだなって思った。
──確かにみんな、笑顔だな、とも。こういうのを“笑顔の魔法”って言うのかな。
「おいしいよ、詩羽」
「良かった──!!」

なんだかんだ言っても、結局、私だって、笑顔が好きなんだ。
詩羽の言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。
未来に少しだけ思いを馳せながら、3つ目のキャラメルポップコーンに、私は手を伸ばした。


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