on your mark23 | ナノ





on your mark23

 史人が泣いている。直広は自分の手をつかんでいる彼の手を握り返す。目を開けると、顔を真っ赤にさせて泣いている史人がいた。
「あや……どう、し、た?」
 驚くほどかすれた声に、直広は喉へ手をやった。吐き出す息が熱い。直広は起き上がろうとしたが、目が回って上半身を起こすことすらできなかった。自分の体にかけられている毛布へ触れた後、ようやく涙を止めた史人の頭をなでた。
「ありがとう」
 クラブで気を失った後、ここまで帰ってきた記憶はなかったものの、電気責めにあった三ヶ所の痛みから、まだそれほど時間は経っていないと分かった。いつもとは違う靴音が聞こえる。
「ごはんかな?」
 できるだけ明るい声で言っても、史人は笑みを見せず、じっとこちらを見つめ返す。不安にさせているのだと思い、直広は笑みを浮かべて、安心させようとした。
「おい、優さん、呼んでこい」
 初めて聞く声に直広が振り返ると、いつもパンやおにぎりを持ってくる男とは別の男が、こちらを見下ろしていた。彼は動きやすい服装をしていて、直広と史人を交互に見て、「大丈夫か?」と尋ねてくる。
「え……」
 そんな言葉をかけられるとは思わず、直広は空耳かと思った。二つの足音が聞こえ、三人の男達が格子の向こうに並んだ。
「あー、ちょっと待って、鍵は?」
「たぶん、これじゃないですか?」
 最初に来た男と、もう一人の男が、鍵を確認した。格子が開き、髪を染めていない男が、中に入ってくる。
「優さん、いけますか?」
 優と呼ばれた男は、「あぁ」と返事をして、直広のそばにひざをつく。史人が手を握ってきた。
「大丈夫。何もしない。ここから出たほうがいいだろ?」
 優は史人に優しく話しかけて、直広の額へ手を当てた。
「動ける?」
 直広は首を横に振る。
「サチ、おまえら二人で、支えてやって。車、回すから、とりあえず運んで。俺、宮田さんに報告してくる」
 フード付きのパーカーを脱いだ優は、直広の体を起こし、背中にそのパーカーをかけてくれた。
「下はその毛布、巻いて」
 直広は優からパーカーを羽織らせてもらって初めて、自分が全裸であることに気づいた。体は辛いが、急いで袖を通し、毛布を腰に巻く。サチという最初に来た男と、もう一人の男が、肩を貸してくれた。
「史人」
 立ち上がった史人は、絵本を手にしてついて来る。直広は肩を借りて歩こうとしたが、下半身の激痛にその場にしゃがんだ。
「大丈夫っすか?」
 あとから来た男は、サチに、「俺、抱えるんで、そっちの子、お願いします」と言い、直広の体を横抱きにした。直広は驚くと同時に羞恥で頬を染める。だが、彼は気にした様子もなく、階段を上がり、事務所の裏口から外へと出た。朝だと勘違いしていた。街灯から遠い場所に車が停まっている。
 直広は後部座席に座らされた。すぐ隣に史人が座る。
「あ、あの」
 ドアを閉めようとしたサチという男が、「あ、ちょっと待っててください」と遮り、携帯電話に出た。運転手の男がバックミラー越しにこちらを見る。
「パパ」
 運転手へ話しかけようと思ったら、史人がひざの上に乗った。体を抱いてやり、頭をなでる。半開きのドアが閉まり、サチは運転席の窓をノックした。
「とりあえず優さんちで」
「了解です」
 車が動き出した。どこへ行くのか分からず、直広は熱い息を吐き出し、額の汗を拭う。警察かもしれないと思った。そう考えるのが妥当だった。

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