on your mark12 | ナノ





on your mark12

 直広は史人とともに窓のない地下にいた。天井にあるシーリングファンがかすかな音を立てている。十月も終わり、夜は少しずつ冷えてきているが、直広達に与えられているのは毛布一枚だけだった。
 シャワールームとトイレだけがある部屋の出入り口は鉄格子になっており、食事は右の隅にある小さな扉から出し入れされた。
「史人」
 冷たいコンクリートの上に毛布を敷き、史人の体をその毛布で巻くようにして、彼を寝かせている。一週間ほど経過していることは知っているが、正確な日時は分からない。せめて、史人だけでも外の空気を吸わせてやりたい。換気通路が上の事務所とつながっているのか、時おり、煙草のにおいが漂ってきた。
 直広は小さな寝息を立てている史人の頭をなでた。ここへ来てから、史人はあまり笑わなくなった。歩く練習も、この中では限られており、せめておもちゃや絵本があれば、彼の心も穏やかになると思った。
 史人は直広の生活に合わせて、夜型になりつつある。直広はたいてい二十一時頃から男達に連れられ、事務所の三階でポルノフィルムの撮影か、外にある楼黎会のクラブで非合法に客を取る。
 サイズの合っていないズボンと長袖のシャツを着ている直広は、史人のように小さく丸まった。コンクリートの床にはまだ慣れない。眠ろうとすると、母親や健史との思い出が去来した。左の目尻から落ちた涙が、コンクリートに濃い染みを作る。たった七日ほどの間に、直広の精神は壊されそうになっていた。今の支えは史人だけだ。

 ここへ連れてこられた日の夜、直広は史人を地下に置いて、事務所の三階へ移動した。三階の一室はそういった撮影をする部屋で、病院の診察台のようなものから、手錠、鎖、いかがわしいおもちゃなどが並んでいた。
 直広の手首にはすでに手錠がかけられている。左頬に傷のある男が、楼黎会のトップであり、新崎(ニイザキ)と名乗っていた。新崎は直広が初物だと知り、笑みを浮かべる。
「女ともしたことがないのか?」
 直広は素直に頷いた。睡眠不足の頭と慢性的な疲労から回復していない体は、先ほどのスタンガンの衝撃ですでに限界だった。手を上げることすら、辛くてできない。まるで自分の体ではないみたいだった。新崎の手が頬へ伸び、親指を口内へ入れられる。彼は人差し指と中指も強引に抜き差しし始めた。
「しゃぶってみろ」
 命令されても、できるわけがなかった。直広はただ口の中でうごめく三本の指を吐き出そうと舌で押し返す。新崎は口から指先を出すと、直広の頬をめがけて拳を振り上げた。殴られる、と思い、目を閉じる。
「っ、と。顔はまだだ」
 新崎が視線を上げ、別の男に指示を出す。直広はスタンガンを持ってきた男から逃げようと、部屋の隅へ駆けた。逃げることができないのは十分に分かっている。だが、あの電流をまた味わうのは嫌だった。
「っい、や、いやだ、やめ」
 隅で小さくなった状態で追い詰められ、直広は背中にスタンガンを押し当てられた。悲鳴すら押し潰されてしまうほどの衝撃に、平衡感覚が消えていく。
「借金を早く返したければ、客のどんな要求も飲むことだ。おまえは童顔だが、歳を食い過ぎてる。これから先、普通のセックスをすればいいと考えているなら、それは間違いだ」
 男達の手で磔台に固定された直広は、うつろな瞳で新崎を見つめた。彼は笑いながら、くちびるの端から糸を引く唾液を指で拭う。彼の年齢は直広よりかなり上だと思われた。こうした手管に長けている様子だ。
 体は大の字で拘束された後、台の上半身部分が少しずつ起き上がった。新崎は男からナイフを受け取り、直広のシャツを裂いていく。頭の中はぼんやりとしているのに、ナイフの輝きや、乳首へ当てられた時の刃先の冷たさは鋭く、直広は新しい涙を流した。
 ビデオカメラを携えた男が、直広の表情を撮影していた。史人ではなくてよかったと、ビデオカメラを見つめて思った。一度でも撮られてしまえば、必ず記録になり、消せなくなる。
 ビデオカメラを見ている直広の首筋に、ナイフが走った。新崎は加減を心得ているようで、首筋はひりひりとした痛みが走ったものの、大量の血が流れる状態ではない。切っ先を乳首に当て、指先で愛撫するようになでられた。乳首からも血が出たが、スタンガンと比べれば、冷静に対処できる痛みだ。

11 13

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -