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 雨上がりのじめじめとした夜だった。以前の職場で仲よくなった友達から、彼氏ができたとメールがきた。そのことで話があると呼び出され、岸本一弥(キシモトイチヤ)は外へ出た。
 明日も早いが、何時間も話すわけではないだろう。仮に深夜になっても明日行けば休みだ。薄手のシャツをランニングシャツの上から羽織り、一弥は待ち合わせのファミレスまで自転車をこいだ。
 以前の職場というのはどこの駅前にでもありそうな弁当屋だった。その後、一弥はトンカツを扱うレストランへ異動した。ラーメン屋とどちらがいいか聞かれて、深く考えずにトンカツ屋を選んだが、半年経って間違えたと思った。
 飲食業のしんどさに加えて、油臭さがひどい。気に入っている服は着ていけない。油臭さを軽減するという目的と、少しでも呼吸を楽にしたいという理由から吸い始めた煙草は、今や習慣になってしまった。
 ファミレスの中へ入り、喫煙席に彼女を見つけた一弥は店員に待ち合わせであることを告げて歩き出す。
「久しぶり。何か頼んだ?」
「パフェとドリンクバーだけ」
 一弥も店員に同じものを注文する。
「やせたねー」
 彼女が長いまつげを瞬かせて、一弥に言った。彼女も前回会った時よりやせている。
「俺はほら、油の臭いにやられてるから」
 確かにやせた気はする。あんな油臭い厨房に一日中閉じ込められて、その後に揚げ物が食べられる人間がいるなら、一弥はぜひとも知りたいと思った。
 一緒にドリンクバーへ行き、ホットコーヒーをテーブルへ置く。他愛もない話の最中にパフェが運ばれてきた。
「で?」
 これで邪魔が入らない。一弥が促すと、彼女が顔を寄せた。
「それがね、彼なんだけど、逃げてる人で」
「逃げてる?」
「逃げてる」
「何で?」
 一弥はスプーンの先のバニラアイスをなめた。彼女がますます顔を寄せてくる。一弥もたまに食べにいく韓国料理店の店主が、彼を紹介したらしい。もちろん彼氏としてどうか、というわけではなく、店に出入りしている人間としての紹介だ。
 だが、彼女も彼も一目見て互いに気に入ってしまった。店主の反対を押し切り、彼は彼女の部屋に寝泊まりしている。
「私もうあの店行けない。サムギョプサル食べられないんだよ」
 問題はそこではない。彼が下っ端ながらもやくざの組員であるという点だった。一弥は詳細を聞かなかったが、彼女がまずいことに首を突っ込んでいることは分かった。
「おまえ、やめたほうがいい。もし何かあったら、巻き込まれるぞ」
「でも、誰かがかくまってあげないと、見つかっちゃう」
 一弥はパフェを口に運びながら、溜息をついた。恋は盲目とはよく言ったものだ。普通に生活していたら、彼がどれくらい危険な要素をはらんでいるか分かる。これはどれだけ説得してもムダだな、と考えながら、一弥は冷たい口の中にホットコーヒーを流し込んだ。
「それで、俺のこと呼んだってことは何かほかに相談あるんだろ?」
 彼女はきまり悪そうに笑った。
「あのね、ちょっとだけ、お金、貸して欲しい」
 煙草を取り出して火をつける。一弥は彼女の向こう、窓の外へ視線を移した。
「ほんの少しでいいから。お願い!」
 一弥は一人暮らしをしている。特に養わなければならない家族はいない。だからといって、今後の生活を心配しなくていいほど貯金があるわけでもない。高校卒業後、今の会社が経営している飲食店へアルバイトで入り、それなりに努力して社員になった。だが、月給は少ない。
「……何に使うの?」
 視線を戻して聞くと、彼女はうつむいた。
「彼が必要だって言うから」
 一弥はテーブルに両肘をつく。煙草を持っていない左手で頭をかいた。染めていない黒髪が目の端に入りそうになる。

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