きみがすき31 | ナノ





きみがすき31

「亮祐、部屋に帰ろう」
 亮祐からの返事はなかったが、礼治は歩き始める。彼がポケットに入れた手を出そうとするので、礼治は笑った。
「こうしてたら、手、つないでるみたいに見えないだろ?」
 亮祐が足を止めたため、礼治も止まる。
「……礼治さんには、もっとふさわしい人がいる。俺じゃない」
 礼治はその言葉を聞いてから、また歩き出す。何の返事もないことに、亮祐は礼治が怒ったと思ったようだ。だが、礼治は怒ってはいない。
 扉の鍵を開けて、中へ入り、礼治はひとまずエアコンをつけた。コートを脱いで、キッチンで熱い紅茶をいれる準備をする。亮祐もコートを脱ぎ、鞄の中から試験に必要な物とそうでない物を分けていた。
「はい」
 テーブルに紅茶を置く。亮祐は視線を上げず、ひたすら明日の用意をしていた。
「亮祐」
 名前を呼ぶと、手を止めるが、こちらを見ようとはしない。礼治はラグの上にひざをついて、亮祐のところまで近寄った。彼の腰を抱くようにして、自分のほうへ引き寄せる。ちょうど彼の臀部が右の太ももに当たった。
「何を気にしてるのか、もちろん分かるけど、俺は気にしないから。おまえは俺にふさわしい人だ。自分のこと、卑下しないで欲しい」
 亮祐の過去にショックを受けていないと言えば嘘になる。だが、その過去は消せないものであり、その過去があるからこそ、現在の亮祐がある。
 光の代わりにされても、こちらの都合のいいように呼び出したり、帰したりしても、亮祐は顔色を変えずに受け入れていた。傷つかないはずがないのに、彼はただその現実だけを受け入れ、彼自身の価値を貶めていた。
 おまえの価値はその程度だと教え続けたのは、礼治を含む周囲の人間だ。謝っても、亮祐は理解しないだろう。だから、礼治は彼のそばで、彼のことを守っていきたいと思った。
「おまえのことが好きだ」
 礼治は亮祐の髪に触れ、目元をなでる。
「何があっても、今度は守る。嫌ったりしないから、苦しいことも悲しいことも、ちゃんと話してくれ」
 亮祐の腕が礼治の首へ回った。礼治は抱き締め返しながら、彼の背中をなでる。落ち着いてから、お菓子と紅茶で緩やかに過ぎていく時間を楽しんだ。彼は明日も試験のため、早めに寝ることにする。
 大学の春休みは長い。礼治は有給休暇を取って、実家へ帰るのも悪くないと考えた。

 礼治は亮祐から教えてもらった大家の連絡先へ電話をかけて、退去手続きを済ませ、彼の荷物を部屋へ運んだ。当月の連絡で当月の解約は認められないとのことだったが、礼治は大家へうまく話をして、二月末での解約となった。
 亮祐の荷物が少ないからか、礼治の部屋での同棲は考えていたよりも楽だった。寝室とリビングとキッチンの他に部屋がないため、プライベートなことは一切できないが、ケンカをすることがないからか、一人になる空間は必要ない。
 春休みに入った亮祐はバイトを探し始めた。亮祐のほうが部屋にいる時間が長く、彼は掃除や洗濯を引き受けてくれた。
 部屋を訪ねたいとメールしてきた光に、礼治は外でしか会わないと返信する。まだ亮祐は不安定な時期だ。下手に部屋へ招いて、また亮祐が悲しい思いをする状況を作るのは避けたい。
 礼治は亮祐に電話をして、今夜は残業があると告げた。彼は料理ができない。礼治はスーパーで惣菜を買って食べるように言った。もしもの時のために、礼治は彼の財布へ少し金を入れていた。気づいた彼はもちろん返そうとしたが、万が一の時に、と言って無理やり持たせている。
 待ち合わせの駅前へ向かうと、すでに光の姿があった。もう何年も会っていないような不思議な感覚になる。光はこちらに気づくと、少しうつむいた。その仕草を見ただけで、彼が反省していると分かる。
 礼治が光の前に立つと、彼は顔を上げて謝罪した。
「ごめん」

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