よあけのさき50 | ナノ





よあけのさき50

 マウロと二人で一服していると、アンドレアがわざとらしくせき込みながら入ってくる。
「ジル、ラファルをあなたの悪習に染めないでください」
 アンドレアはキッチンへ行き、エプロンをつける。そろそろ夕飯の準備をするのだろう。
「こいつは初めから染まってた。しかも、俺の煙草を盗んでる」
 ラファルが笑うと、アンドレアがキッチンから慌てて出てくる。目が腫れていることに気づいたらしい。
「ラファル、何かされたんですか?」
「おいおい、おまえは何でいつも俺を悪者にするんだ?」
 アンドレアの冷たい指先が優しく目元へ触れる。ラファルは少しの間、目を閉じた後、彼に笑みを見せた。
「ルチアーノのこと、話してただけです」
 アンドレアは頷くと、マウロを軽く睨んでからキッチンへ戻る。マウロがアルベルト達へジルという仮名を使っている以上、アルベルト達はマウロの正体を知らないのではないかと考えていた。
 煙草を吸い始めた時に、そのことを口にすると、マウロは苦笑して、「気づいているのか、いないのか、さっぱり分からない」と答えた。
「私達はもうすぐ夕飯なので、早く帰ってくださいね」
「別にいてもいいだろ。だいたい三人分より四人分のほうが作りやすいだろう?」
「食べていくなら、材料費を頂きます」
 淡々と言ったアンドレアのほうを睨んだマウロは、ラファルへ顔を近づけた。
「たぶん、気づいてないな」
 ラファルはその言い方に笑ってしまったが、マウロがアルベルト達の大切な友達の兄だと知らないとしたら、それはそれで切ないと思った。
 だが、リズミカルに野菜を切りながら、四人分の食事を用意するアンドレアも、それを見ながら煙草を吸うマウロも、とつぜん自分の隣に座ったアルベルトも、不幸には見えなかった。
「……何だ、目が腫れてるぞ」
 松葉杖をどけて、左に座ったアルベルトがラファルの顔をのぞき込む。彼はよく見ようとして、ひざの上に置いたラップトップをローテーブルへ移動させた。
「何でもない。ちょっとルチアーノのことを話してただけだから」
「そうか」
 背もたれ部分に背中をあずけたアルベルトは左手だけを伸ばした。そのまま首を回した後、また前のめりになり、ラファルの右足を確認する。
「まだ痛むか?」
「少しだけ」
 アルベルトはソファから立ち上がり、ラファルの前にひざまずいた。左手だけで器用に裾を上げて、靴下の上から足首へ触れてくる。
「感覚、あるか?」
 頷くと、アルベルトは安堵の表情を見せた。
「あ、それが名誉の負傷?」
 マウロがからかうように右腕を指して声をかけると、アルベルトは立ち上がって、無言で彼を見下ろした。
「こ、怖い」
 マウロがラファルの右側へすり寄りながらつぶやく。
「おまえがこの敷地内に滞在できる時間は五分だと言っただろ。何回言えば分かるんだ」
 アルベルトは大きな溜息を吐きながら、キッチンにあるセキュリティパネルのほうへ向かう。
「……絶対、気づいてないな」
 マウロはそう言ったが、ラファルは何となく二人とも気づいているのではないかと思う。いくら情報屋であっても、本来ならここへ入ることはできないだろう。特定の誰かを懇意にするのは、フリーの情報屋としてはまずい。アルベルト達にとっても不利益な場合が多いはずだ。
 言葉にしなくても分かることがある。この三人の縁は深く太いものなのかもしれない。ラファルはそう思った。

 ベッドへ潜り込んだラファルは、アルベルトが上のシャツを脱ぐところを見つめた。部屋の照明を落としていないため、体に残っている傷痕がよく見える。サイドチェストにある小さな照明をつけた後、彼は部屋の電気を消した。
 たいてい眠っている間に来て、隣に寝ている状態だったから、こうして最初から一緒に寝るのは珍しい。ラファルは右側から入り込んでくるアルベルトの背中に手を伸ばした。
「……これ」
 無数に残る傷痕のうち、右の脇腹から腰のあたりへ触れた。マウロから聞いた話だと、アルベルトはカプローリ家で虐待を受けていたことになる。アルベルトはこちらを振り返ると、体を倒して、ラファルへ近づいた。

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