よあけのさき40
テーブルのそばにしゃがみ込み、ラファルは涙を拭いながら泣いた。大事なものを守ることができなかった。それが大きな喪失感となり、ラファルの胸を引き裂いていく。自分のせいで、という負い目が心を圧迫した。それでも、一人では何もできない。今の状態が苦しくて、疲れた。
「ラファル」
様子を見にきたアルベルトがノックもせずに入ってくる。彼はごく自然にラファルの中へ入り込んでくる。だが、ラファルは彼の侵入を許すわけにはいかなかった。
誰からどう思われてもいいと言ったのは自分なのに、本当はとても気にしている。アルベルトがどんな意図を持っているのか分からないが、手を差し出されたら、握り返してしまう。そして、また繰り返すだけだ。
「ラファル、どうした?」
頭を抱えるようにして、ラファルは視線だけを上げた。エバーグリーンの瞳が心配そうにこちらを見ている。どうして、あの時のように、蔑視してくれないのだろう。彼のその瞳はルチアーノが、「大丈夫?」と聞いてくる時と似ていた。自分へ優しく接してくれる人は、きっとまた失ってしまう。
「大丈夫か?」
怖い。
口にしたつもりはなかったが、アルベルトが一歩ずつ近づいて、首を傾げる。
「何が、怖い?」
ラファルは視線を落として、アルベルトの革靴を見つめた。
「言葉じゃうまく説明できない」
ラファルは、オールを失った船のように感じた。ただ潮流に合わせて動き、いずれ沈んでしまう船だと思った。
「そうか」
アルベルトの大きな手がラファルの体へ触れた。彼はそのままラファルのことを抱き上げると、ベッドに腰を下ろす。精悍な顔立ちの彼は、ラファルを抱えたまま、窓のほうを見た。
「望む望まないにかかわらず、巻き込んで悪かったとは思っている。母親のことも父親のことも調べた。ジルから親父とランベルト側に回った理由も聞いている。だが、おまえを自由にはしてやれない」
アルベルトはこれから裁判が始まるランベルトのことや彼のことを無実にするために動いている人間達の話をした。アルベルトはおそらくランベルトは裁判に勝つだろうと予想していた。もともと、時間稼ぎのために拘留へ持っていったらしい。
ランベルトが出てくる時には、彼の財産は消失している。彼はラファルを取り戻すためにレンツォ達と手を組む可能性がある。話を聞いているうちに、ラファルはどうして自分がここにいるのかを理解した。
アルベルトの瞳を見つめると、彼の指先が頬をなでてくる。優しくするのは、ランベルトのもとへ戻ったら困るからだろうか。
「俺の貯金、足りるか分からないけど、雪が降る所に土地を買って、ルチアーノの墓を用意したいんだ。それから、ランベルトがサイトに流した、ルチアーノの映像を回収したい」
ラファルが早口に告げると、アルベルトが頷いた。
「アンドレアから聞いている」
アルベルトはそう言って、ラファルのあごをつかんだ。
「そんな取引みたいに話すな」
取引ではないなら、何だろう。ラファルは視線をそらす。
「なつかないな」
独白したアルベルトは、ラファルをベッドへ座らせた。
「下にいる。屋内なら自由に動き回っていいが、まだ外には出るな」
ラファルの伸びた髪を指先でいじった後、アルベルトが部屋を出ていった。ラファルはベッドに座ったまま、自分の足元を見つめる。また流されていく。ラファルは目を閉じて、船が海へ沈んでいくところを想像した。誰も手の届かない、深く暗い底まで沈めばいいと思った。 |