never let me go番外編2 | ナノ





never let me go番外編2

「平気か?」
 労わるように尋ねると、ディノは頷いてベッドから出て行く。少しふらつく彼を支えようと追いかけたフェデリコは、彼がひどく冷めた表情をしていることに気づいた。
「なぁ、ディノ」
 肩へ手の伸ばし、窓際へ移動したディノの表情を改めてよく見た。彼は涙をこらえていた。どうしたのか尋ねる前に、彼の小さな声が聞こえた。
「……存在を塗りつぶされるみたいだ」
 意味が分からず、フェデリコは椅子の背にかけていたストールをディノの体へ巻いてやり、体を近づけた。
「気持ち良くても、痛くなくても、自分を全部否定される」
 それが先ほどの行為について語っているのだと理解し、フェデリコはあせった。合意の上だと考えていたのに、ディノの物言いはまるで被害者そのものだ。
「どういうことだ?」
 フェデリコはディノの肩へ手を置き、彼の顔を上げさせた。ダークブラウンの瞳はこちらを見ずに、何かを思い出すように遠くを見ていた。
「無理やりされるってどういう気分か、知りたかっただけ」
 ディノはそう言って、フェデリコの腕を払い、寝室から出ようとした。言葉の意味を飲み込むことに時間を費やしたが、フェデリコは彼が廊下へ続く扉を開ける前に、彼をとめることに成功した。
「何、考えてるんだ!」
 見上げてくるディノの瞳に鋭さはなく、まるで道に迷った子供のように見えた。殺し屋に育てられた割に無垢な側面が残っている。フェデリコは彼の初体験を奪ったことに気づき、肩からずり落ちそうなストールを戻す。
「馬鹿野郎!」
 ディノをバスルームへ引っ張り、ストールを取った。フェデリコはシャワーの温度を調節した後、彼の頭から湯を浴びせた。反論や抵抗はなく、彼は黙ってされるがままになっている。それが余計に腹立たしかった。
「俺はな、嫌がってる相手を無理に抱く趣味なんかない。それなのに、おまえは、無理やりされる気分を味わいたかっただと? ふざけるな!」
 立ち上る湯気の中、フェデリコはディノが泣いていると思った。だが、彼は涙を見せることなく、淡々とした口調で言った。
「どうして怒ってるのか、分からない」
 部下からの意味不明な報告にすら耐えることができるフェデリコだが、ディノの言葉には苛立ちしか感じなかった。自分としては彼を気に入っているし、彼も自分を気に入ってくれたと思ったのに、裏切られたからだ、と分析してから、それを彼に話す必要はない、と留まった。
「そうだろうな。人を殺す術は知ってても、どうせ心の機微には鈍感に育ったんだろ」
 親に捨てられたかどうかは知らないが、複雑な環境にあればその分、心の動きには敏感になるはずなのに、と続く言葉を飲み込み、フェデリコはシャワーを止めて、彼へバスタオルを渡した。
「着替えはここにあるから。あと、出血してるところは、薬塗るから、着替えたら戻ってこい」
 フェデリコはベッドに脱ぎ捨てていた衣服を着て、ナイトチェストの上にあったミネラルウォーターを飲んだ。父親の話では二週間ほど預かると聞いていた。詳細はまだ聞いていないが、身分証を用意して欲しいという話もあった。長い付き合いになりそうだ。フェデリコは大きな溜息を吐いた。

 内線の音で我に返ったフェデリコは、受話器を耳に当てる。情報屋が来ている、と告げられた。ディノが彼と交わしていた契約を思い出し、ディノを呼び出そうと考えたが、デスクの引き出しを引いて、写真を眺めた後、思い直した。
 その写真にはマリウスとディノが写っていた。まだマリウスが病院で療養していた時に、隠し撮りさせた写真だった。ディノがマリウスに見せるような笑みを、フェデリコは一度も見たことがなかった。


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