meteor14 | ナノ





meteor14

 すでに車に乗り込んでいたアランが、窓から手を振った後、車を発進させる。彼も自転車にまたがり、徐行運転の車とともに車道へ出ていく。何を話しているのか聞こえなかったが、二人が親密な仲であるのは分かる。
 糸杉の間から出た由貴は拳を握り締める。
「やだなぁ、ショックなわけないじゃん。分かってただろ、最初から」
 自分に言い聞かせるように、由貴は日本語で話す。
「それでもいいって思ったのは僕。そうやって割り切ったのは自分自身じゃないか」
 傷つくようなことではない、と由貴は言い聞かせたが、鼻の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになる。由貴は玄関まで歩いていき、その段差に腰かけた。
 アランほどのいい男に特定の恋人がいないとは思っていなかった。この結末は最初から予想できたことだ。由貴は、それでも泣いてしまう弱い自分をうっとうしく感じる。
 しばらく放心状態で、由貴はすぐ横のプランターに植えられた花々に目をやる。このままここで待ちたい気分だ。
 だが、いくら六月初旬とはいえ、まだ肌寒い。その上、八時間以上も人の家の前で待つことはできない。トーマスも心配するだろう。気力を振り絞り、由貴はまた立ち上がると、三キロほどの道のりを歩き出した。

 家に帰ると、夜勤明けのトーマスが起きていた。扉を開けた瞬間にベーコンエッグの香ばしい香りに誘われる。
 由貴はキッチンへそのまま歩いていく。目の前には夜勤明けの疲れも見せず、トーマスが楽しそうに朝食の準備をしていた。
「おはよ。シャワー浴びてこいよ。今朝は俺が準備しておくから」
 流れるような動作で、トーマスはコーヒーメーカーのスイッチを入れる。
 あまり似ていない兄弟だが、その背中や長い指先、雰囲気が重なって、由貴はその場に立ちつくす。一人でいたい日に限って、誰かの温かさ、優しさに触れる。
「え、ちょっと、ヨシ?」
 由貴の立ち去らない気配に振り返ったトーマスが、フライ返しを片手に戸惑う。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
 おろおろとした所作でトーマスが聞いてくる。
 年を重ねても、こんなに遠くまで来ても、いつまでも変わることのできない弱い自分。  
 アランの家から出てきたからといって、彼の家の鍵を持っているからといって、彼が彼の恋人である確証はない。それなのに、確かめもせず、一人で傷ついてバカみたいだと、由貴は思う。それでも、一度あふれた涙は止まらず、由貴の頭の中は混乱していた。
 こういう心の機微を上手に伝えられるほど、まだこの国の言葉をマスターしていない。それは自分がここでは外国人であるということに他ならず、受け入れられたつもりになっている自分が甚だおかしいと、由貴は自嘲する。
 電気コンロの上にあるフライパンからは、ベーコンエッグの焦げた煙が上がっている。由貴は、用意されているコーヒーやオーブンの中で焼き上がろうとしているパンを見て、朝は白飯にみそ汁を食べたいと、ここへ来て初めて思った。
 せっかくトーマスが作ってくれたのに、そんなことを思う自分が恥ずかしい。だが、心細さは日本への望郷心となり、由貴はまた新しい涙をこぼす。
「ヨシ! なんで泣いてるんだ? どうしちゃったんだよ、いったい?」
 慌てふためいたトーマスは、由貴のことを一度抱き締めてから背中を優しく叩く。
「アランに電話しようか? 水曜は三時上がりにできるって聞いたことあるから」
 由貴は顔を上げて頭を振る。
「違う。違うから、いいよ、そんな、ことしなくて」
 だが、トーマスは由貴を革張りの椅子に座らせて、タオルを渡すと、キッチンで携帯電話をいじりだす。

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