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 由貴がキッチンでコーヒーにミルクを入れていると、アランが濡れた髪を拭きながらやって来る。黒のボクサーがとても彼らしい気がして、由貴は手を止めて彼を見た。
「部屋、片づけてくれたんだな。ありがとう」
 由貴は笑って、アランにマグカップを差し出す。
「ゴミ箱、寝室には置いてないんですね」
「あぁ」
 アランの髪は、濡れるともっときつくパーマがかかったような状態になり、レッドブラウンの色も暗くなる。それが彼自身をより魅力的に見せる。
 由貴はまだ濡れている彼の髪に手を伸ばした。柔らかな髪は少し引いてもすぐにくるくると巻かれていく。
「そのまっすぐな美しい髪が羨ましい」
 アランの指先が由貴の髪に触れる。彼は少し屈んで由貴の耳元でささやく。昨日は素敵だった、と。由貴は自分の顔が熱くなるのを感じた。その表情を彼が楽しそうに見ている。
「何か腹に入れたいだろう? 準備するから、先に新聞でも読んでてくれ」
 アランは一度、寝室へ行き、ラフな格好で戻ってくる。Tシャツにジーンズだと、がらりと印象が変わる。由貴は新聞を広げたものの、彼の後姿ばかりを見ていた。
「今夜はあっちへ戻って、ホワイトアスパラガスを料理するから、帰る前にホフに寄る」
「あ、トーマスが楽しみにしてるって言ってた……」
 振り返ったアランは、由貴に頷く。
「あいつの大好物だからな」
「僕も大好きです」
「あぁ」
「ずっとマヨネーズで食べてたけど、あのホワイトソースを知ってからは、それ以外で食べるの考えられない」
 アランはトースト間にハムやチーズを挟み、簡単な軽食を用意した。キュウリとトマトを切ってサラダも作り、由貴の前にドレッシングと一緒に並べる。
「そのホワイトソースが主流になる前は、パン粉をバターで炒めて、それをかけて食べていたんだ」
「パン粉とバター?」
「素朴な味だ」
 由貴の前に座ったアランは食べ始めるように促す。
「オレンジジュース、飲むか?」
 アランはグラスを二つ取り出す。
「ありがとう」
 コーヒーを飲み終えていた由貴は、オレンジジュースを一口飲んだ。アランは大きな口を開けてハムとチーズのサンドウィッチを頬張っている。あまりにおいしそうに食べるので、由貴が思わず見惚れていると、彼が視線を向けた。
「ホフは五時まで開いてる。あと四時間、何がしたい?」
 由貴は人工浜を散歩、と答えようとした。だが、その言葉を口にする前に、アランの長い指先に見入ってしまう。その指先の向こうにはヘーゼルナッツ色の瞳が意地悪そうに光っている。
「卑怯ですね」
 由貴が笑うと、アランも笑う。キッチンの窓に、大粒の雨があたり始める。
「ほら、こういう日はベッドの中で過ごすのが一番だ」
 由貴はアランに腕を引かれるまま、寝室へと進んだ。

 人は、好きという思いをどれくらい秘めることができるだろう。
 由貴は永遠に秘めることができると思っていた。日に日に思いは増して深まっても、その気持ちを上手に押し込めることができると思っていた。
 それが綻んだのは、好きという気持ちが欲望に負けたからだと由貴は考える。
 ケチャップを口の端につけた彼を見て、由貴は笑った。それから、ついうっかりそのケチャップを指先ですくい取り、自分の口へ入れてしまったのだ。
 友達だった彼は、その行為の後に目を大きく見開き、「気持ち悪いことすんな」と言った。笑って、冗談だと言えば良かった。だが、由貴は泣いてしまった。好きな人に自分を否定されたと感じたからだった。その瞬間から世界は由貴にとって生き辛いものに変わった。ただ人と違うことを理由に由貴ははじかれた。
 仲間同士でかたまっていれば、由貴は傷つくことはなかった。由貴が初めて寝た人も優しかった。海の向こうへ場所を移しても、仲間の所へ行けば、由貴は受け入れられた。何か違う気がしても、気づかないふりをした。それが楽な方法だった。

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