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「か、からかわないで、ください」
 直広は手を離し、ソファから立ち上がる。高岡は笑いを抑えるように、口元へ手を当てた。
「悪かった」
 そう言って、玄関から鞄を取ってくる。中にはノートパソコンが入っていた。彼はテーブルのほうへ移動して、そこでパソコンを立ち上げる。共永会と異なり、仁和会がどんな事業を展開して利益を上げているのか分からないが、ディスプレイを一瞥する限り、そこには英語と中国語のような文字が並んでいた。
 直広はキッチンに立ち、昼食の用意を始める。まだ鼓動が速い。彼の横顔を見て、彼の前で号泣したことを思い出す。気が済むまで泣け、と言ってくれた声は優しかった。不意にこちらを見た彼に驚いて、直広は、「あ」と声を漏らす。
「誘ってるのか?」
「え?」
「食い入るように、俺を見てた」
 図星だったため、直広は慌てる。
「ち、ちがいます、あの、あ……」
 号泣したことを思い出していただけだ。借りていたハンカチを返そうと思っていた。乾燥までしてくれる最先端の洗濯機の存在が出てくる。だが、この家にはアイロンがない。
「あ、あ、アイロンのことを考えていただけです」
 高岡の表情が少し変わる。直広はうろたえていた。人の顔を見ながら、アイロンのことを考えるなんて、失礼にもほどがある。あるいは、アイロンを買って欲しいと聞こえたかもしれない。
「あ、あの、高岡さん、お仕事が忙しそうで、その、み、眉間にしわが寄ってて、しわから連想して、その」
 言葉をつむげばつむぐほど、窮地に追いやられていく感覚だ。高岡は音もなく、キッチンへ来て、直広の前に立った。
「あ、その、しわつながりで、アイロンが出てきて、ハンカチ、借りてたし、返さないと、でも、しわだらけで、あの、俺、すみません、もう、口、閉じっ」
 少し屈んだ高岡は、左手を直広の背中へ回し、右手で後頭部を押さえた。目を閉じて受けるべきなのに、直広は大きく目を見開く。
「ん、っ、ん」
 甘い舌が絡む。先ほどのチョコレート菓子だ、と直広は冷静に思った。史人の母親と付き合っていた時に、キスをしたことがある。だが、こんなに深いキスは初めてだった。彼は一度、くちびるを離し、すぐにまたくちづけてくる。しだいに息が上がり、直広は少し顔をそらした。
 背中に回されていた手が、頬をなでていく。高岡は直広が史人にするように、額へキスを落とした。自分が子どもにしていることだ。急に胸が締めつけられた。直広は彼を見上げる。触れるだけのキスがくちびるへ落ちてくる。
「ただいまー」
 電子音の後に史人の声が響いた。直広は体を強張らせたが、高岡は親指の腹で直広のくちびるへ触れ、笑みを浮かべた。
「あー、りょーだ」
 史人の言葉で、高岡は直広の体を離し、キッチンからリビングダイニングへ回った。直広は史人がいなければ、その場にへたり込みそうだった。廊下から来た城は高岡の視線を受け、玄関から出ていく。
「パパ」
 高岡の腕に抱かれた史人は、興奮気味に話した。
「あー、おみずにかお、つけたよ」
 直広は高岡から史人を受け取り、「すごいね」とほほ笑んだ。
「あやは水が怖くないんだね」
「パパは?」
「パパも怖くないよ。泳げないけどね」
 動揺を隠すように史人を抱き締める。
「おなか、すいた」
「うん、お昼にしよう」
 史人を下ろすと、彼は高岡のほうへ向かっていく。
「りょー、あのね、やさいとおもちゃ、ありがとう」
 どういたしまして、とこたえた高岡は、こちらへ背を向けている。自分がうるさかったからだ、ほかに意味はない。黙らせる方法として、口をふさがれただけだ、と直広は自分に言い聞かせ、深呼吸した。

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