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「これ、あーの?」
 城が頷く。直広は手にしていたパジャマを握った。あんなに喜ぶ史人を見たことがない。直広がどんなに働いても与えられないものが、ここでは簡単に与えられる。史人が自分から離れていくのではないか、という考えがよぎる。だが、直広には、史人からおもちゃを取り上げる権利はなかった。
「パパ!」
 苦悶する直広の前に駆けてきた史人は、こちらを見上げる。
「あーのひなの?」
 たくさんのおもちゃを見て、誕生日だと思ったらしい。直広は笑って、史人の頬をなでる。
「やさいの、みていい?」
「……いいよ。パパ、少しだけお休みしてるから、藤野さんと城さんの言うこと、よく聞いてね」
「はい」
 否定的に考えてしまうのは、熱のせいだ。ここでの生活を楽しもうと決めたのは直広自身でもある。直広は藤野へ視線を向けた。
「こっちの部屋じゃなくて、あっちがいいです」
 藤野は心得たように苦笑する。
「マスターベッドルームは、大きすぎて逆に寝られなくなりますか?」
 あいまいにほほ笑むと、藤野はキッチンの向こうにある部屋へ案内してくれた。着替えを終えて、ベッドへ横になる。小さなノックとともに、少しだけ扉が開いた。
「何かそろえておくものがあれば、用意させます」
 迷ったが、服を洗濯したいため、洗剤を頼んだ。
「薬が届いたら、また来ます……扉、少し開けておきますね」
 藤野はそう言って、扉を完全には閉めなかった。人の気配を感じながら、直広は目を閉じる。時おり、史人の声が聞こえてきた。高岡のことをずいぶんと気に入っていたが、いつの間に仲よくなったのだろう。
 高岡は週末、こちらへ寄ると史人に約束していた。やくざにも休みがあるのだと知り、思わず笑う。早く治して、あまり迷惑をかけないようにしなければ、と直広は思った。

 直広が起きたのは翌日、金曜の昼間だった。丸一日は眠っていたことになる。半開きの扉からリビングダイニングへ出ると、藤野がテーブルでノートパソコンと向き合っていた。
「おはようございます。調子はどうですか?」
 彼はすぐに直広に気づき、立ち上がってこちらへ来る。
「あ、おはようございます。あの、史人は?」
 史人のいない空間は恐ろしく静かだった。
「城と一緒に下のプールへ行ってます。インストラクターがいるので、安心してくださいね」
 キッチンへ行き、リンゴジュースをグラスへ注いだ彼は、直広に座るよう促す。直広が椅子へ座ると、グラスをテーブルへ置いた。
「薬が効いたみたいですね」
「薬?」
「覚えてないですか? 確かにちょっとぼんやりしてましたけど」
 藤野は思い出したのか、かすかに笑った。直広はあの後、すぐに眠ってしまい、薬が届けられた時に一度、起こされていた。だが、直広自身、起きて薬を飲んだ記憶はなかった。いずれにしても、一晩でずいぶんよくなった。直広は藤野へ礼を言い、リンゴジュースを飲み干す。
「ゼリー、食べますか?」
 藤野は直広の返事を待って、テーブルへゼリーとスプーンを運んでくれた。一通り動いた後、彼はまたノートパソコンの前へ座る。直広はゆっくりとゼリーを食べた。
 視線はつい藤野へ向く。彼も高岡と同じく、その道の人間には見えなかった。髪は明るい茶色に染めているが、それがまた彼によく似合っている。
「藤野さん」
「はい」
 藤野は一度、こちらを見て、手を止めた。
「少しいいですか?」
「どうぞ」

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