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「うわぁ、パパ、みて!」
 リビングダイニングへ出た史人は、窓から広がる眺望に興奮していた。
「たかいね」
 直広も隣に立ち、遠くに見えるビルや山を見つめる。
「たけのところまでいく?」
 史人は下ではなく、上を見上げていた。確かに三十二階からだと空に近い錯覚に陥る。史人の頭をなでて、直広は笑った。
「たけのところまではまだずっと先だよ」
 昨日は気づかなかったが、テーブルの椅子に紙袋が置いてあった。直広は中身を確認する。新しい服が入っていた。思わず自分の着ているパーカーの汚れを見た。
「あや」
 史人の服にも食べこぼしでできたしみを発見して、苦笑する。
「お風呂、入ろっか?」
「おふろやさん?」
 史人の手を引いてバスルームへ向かう。下に着ていたシャツをうまく脱げない彼を手伝い、直広も全裸になった。服はすべて洗濯機へ入れる。
「うーん、回し方が分かんないなぁ。その前に洗剤か……」
 直広は諦めて、史人とともに奥へ進んだ。
「わー、ここもみえる」
「転ばないように気をつけて」
 窓のほうへ寄っていった史人は、ガラス窓から空を見上げた後、窓辺に並ぶ装飾品を見つめた。プラスチックケースの中にブルーのビー玉が入っている。
「パパ、これ、とって?」
「体と髪を洗ったらね」
 給湯式のようだったが、直広はシャワーだけで済ませることにした。史人を座らせて、頭から順に洗っていく。
「これ、いたい?」
 直広の太股にある切り傷を指差して、史人が聞いた。
「もう痛くないよ」
 ビー玉を一つだけ取り出して、史人へ渡す。
「お口に入れちゃダメ。分かった?」
「はい」
「賢いお返事だね」
 水滴が落ちる髪を耳のほうへ避けてやり、史人の頭をなでる。直広はビー玉を手にして遊ぶ史人のことを気にかけながら、髪と体を素早く洗った。
「おいで」
 直広はバスルームのドアを開けて、ランドリーラックからバスタオルを取り出す。
「ふわふわ」
「そう?」
 史人の髪と体を拭き、直広は同じバスタオルで自分の体を拭いた。
「本当だ。ふわふわしてる」
 髪を拭き、紙袋の中から史人の新しい下着と衣服を取った。値札などはついていないが、ブランド名が入っている。
「これ有名なのかな……可愛いデザインだね」
 直広は史人に服を着せた。
「……いっぱい、いいの?」
 史人の言葉に、一瞬だけボタンをかける手が止まる。赤いラインのギンガムチェックシャツとその上に羽織れる黒のカーディガン、そして、ダークブラウンのコーデュロイパンツが史人の新しい服だった。ウェストがゴムになっているパンツは、ひざのところに飛行機のワッペンがついている。
 直広は夢だったと思える。だが、幼い史人に、こんなぜい沢を味合わせて、その後またみじめな生活に戻らせるというのは、残酷な気がした。その反面、今まで我慢させてきた分、この期間限定の生活を楽しんで欲しいとも思った。
「パパ?」
 小さな手が直広の頬をなでる。
「何でもないよ。これは高岡さんが買ってくれたんだ。今度会ったら、お礼、言おうね」
 子どもは成長が早く、購入した服もすぐに入らなくなると聞いて、直広は近所の家から古着を安く譲ってもらっていた。史人に新しい服を買ってやったのは、今思い出せる限りでは、優の部屋で世話になってからだ。それも、ショッピングモールの中でいちばん安い店を探して、汚れてもよさそうなものを選んだ。

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