海賊船に乗った女って結婚できるのかな。 ともに見張り台にいた彼女が脈絡もなく呟いた。いや、呟いたと言うのは語弊があるかもしれない。独り言のようで実はそうでなく、視線だとか声量が俺に向けたもののような気もする。荒れた男だらけの海賊船も真夜中の今は大人しく、聞こえるのは波の音と隣にいる彼女の声くらいだ。肩まで掛けていた毛布を何気なく掛け直し、そのついでに口を開いた。 「さあな」 「素っ気ないね」 「ンなもん俺がわかるわけねぇだろ」 事実そうじゃないか。もしこいつが堅気の男と結婚したかったら無理かもしれないし、受け入れる珍しい奴だっているかもしれない。返答に必要な理由があまりにもあやふやで流すように返すしかない。けれど彼女は不服らしく、じっと俺を見つめていた。こいつとは長い付き合いだが、彼女のこうした行動に俺は弱い。いくら鍛えたって心の方は思うように強くなれない。 「…お前は結婚したいのか」 「この前寄った街で結婚式を見たの。いつもは皆と騒いでる私だけどさ、それ見て影響受けるってやっぱり女みたい」 「相手はいるのかよ」 「…してほしい人はいる」 海上独特の寒さにも関わらず、顔を赤くして答える彼女に胸が痛くなる。さっきも言ったがこいつとは長い付き合いで、言葉の奥にある本心だって簡単にわかる。その相手はたぶん俺だ。自意識過剰なわけじゃない、前々から俺達は特別な感情を抱いていることを互いに気付いている。けれどそんな色恋沙汰とは無縁に近いこの場所では発展する雰囲気もなけりゃ、機会もなかった。 「でもその人はあまりそういうのは望んでないみたいで」 「だろうな」 「今の関係のままもいいけどさ、いつかは私も女の幸せを掴みたくなった」 「女の幸せって結婚か?」 「私もよくわからないけど多分そうだと思う。好きな人と添い遂げて、子供だって産んで…」 「じゃあ俺は無理だな。子供を産むのだけは受け入れられない」 小さい頃「鬼の子」と言われ嫌煙された過去を持つ身としては、海賊の子供を産むことには賛成できなかった。自分から聞いておいて話をばっさり切り捨てる身勝手さに呆れもせず、尚も話し続ける彼女はタフだった。 「今のは一般論。私もそうだとは限らないよ」 「そうかよ。じゃあお前は結婚に何を求めるんだ」 「証拠かな」 私がその人にとって一番だっていう証拠。甘い言葉が波の音に吸い込まれたけれど、俺は聞き逃さなかった。垣間見た彼女の可愛らしさに不意打ちをくらう。サッチ達と騒ぐ普段の姿からは想像つかないような発言に、新たな一面を知った気がした。それを知っているのは俺だけだと思うと、柄にもなく気恥ずかしくなる。 「そいつは幸せだな、そんなに想われて」 「ほんとだよ。ちょっとは気付いてほしいな」 「…いま気付いた」 「そっか」 毛布の中から手を出し、彼女のを掴む。足踏みばかりしていた俺達の距離も、タイミングさえ掴めればあれよあれよと縮まった。こんな甘ったるい空気が流れているなんて、いびきをかいて寝ている野郎共は夢にも思わないだろうな。 「結婚ってどうしたらいいんだよ」 「さぁ…詳しくはわからない」 「なんだよそれ、自分から言っておいて」 「じゃあ分かったらしよう?」 「…仕方ねぇな」 海賊船で生きてきた彼女が結婚について詳しくないのも仕方ない。けれど街で仕入れたか知らないが、結婚を約束した相手のことを「フィアンセ」ということは知っていたらしい。ここぞとばかりに知っていたことをひけらかす彼女に、調子に乗るなとチョップで伝える。痛いと言いながら笑う彼女と知らねぇと言って笑う俺。何気ないじゃれ合いがとても楽しくて、真夜中だのにその光景が眩しく見えた。 結婚の意味も理解出来ていないのにフィアンセだなんて名前だけは一人前な俺達は、子供じみていたがその時はそれでひどく満たされたのだ。 まだ幼い恋人たちのフィアンセごっこ 薄れゆく意識の中で思い出したのが彼女との約束だなんて、思っている以上に俺は彼女のことを愛していたらしい。喧騒が、俺を抱くルフィの声がどんどん遠くなり、命の終わりを目前に感じる。ごめんな、俺、結婚できそうにな 謝罪も終えられずに意識が途絶えた。 企画サイト、五番ボックス席の怪人さまに提出 2012.06.17 |