小話 | ナノ



「ごめんなさい、先にシャワー借りますね」


色気もそっけもなくやはり投げやりに言い置いて、彼女はチャドルに手をかけた。

不幸にも今日の彼女と同室になったアヴドゥルはそれでも紳士的に、構わない、と彼女の肩越しに言葉を返した。
なまえは一瞬物言いたげな視線を彼に向けてから、剥ぎ取るような仕草で黒い布を脱ぎ捨てた。チャドルは皺ひとつないベッドの上に落ちて広がり、彼女はいつも通りの制服姿に戻る。
また一度、あつい、と呟いた彼女は、チャドルが広がったベッドに腰を下ろして今度はローファーと紺のソックスを脱いだ。それからじゅうたんの上に裸の足を下ろすと、長い黒髪をうっとうしそうに片手でかき上げる。部屋にも冷房は効いていたが、外を歩き回った直後の身体にはまだ生ぬるく感じられるのだろう。彼女は手で顔を扇ぎながら、何を思ったのかアヴドゥルの方へぱたぱたと足音を鳴らして寄ってきた。


「……シャワーを浴びるんじゃあないのかな」
「浴びたいですよ」


じゅうたんの上にあぐらをかいて荷物の整理にかかっていたアヴドゥルのそばに白い脚を折り畳んでしゃがみ込み、なまえは彼の顔を覗きこんだ。


「何でチャドルを着なくちゃいけないのか聞いたら、さっきの店のおばさんが教えてくれたんですけど」


着方が分からないと言い出した彼女に、チャドルを買った店の気のいい壮年の女が丁寧に着せてやっていたことを思い出して、荷物の整理の手を止めたアヴドゥルはいつの間にそんなことを、と言いかけたのをやめた。そういえばと思い返してみれば、そのときの彼女たちにはいやに和気藹々とした雰囲気があった。


「女の魅力的なところを開けっぴろげにすると、男がよからぬ気を起こすからよって」


なまえが小首を傾げた動きにつられて、過酷な旅の最中にも艶を失わない黒髪が肩を落ちてさらりと流れる。
冷房の稼動音がやけに大きい。


「アヴドゥルさんも変な気、起こしたりします?」
「……いいかな、なまえ。チャドルは貞淑さの表れだ。君もこの機会に、慎みだとか貞淑だとかの美徳を改めて身に着けてはどうだ?」


真面目くさって説教を始めた彼の顔をますます覗き込んで、彼女は一言、つまんない、と呟いた。そして軽やかな身ごなしで立ち上がると、今度は先ほどのような隙だらけの足音などわずかも立てずに部屋の浴室へ消えていく。
その場に残されたアヴドゥルは深く息をつき、眉間に刻まれた濃い皺を武骨な指先でもみほぐした。


「ねえ、アヴドゥルさん」


油断した彼の背中に、浴室のドアから顔を覗かせた彼女が追いうちのように言う。


「貞淑な女の中身を暴くのが好みなんですか?」
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