彼らの部屋のドアを開けたとき、何とも言えず奇妙な光景がそこにあったのでポルナレフは誰かが何かを言う前にドアを静かにゆっくり閉めようかと瞬間、考えた。……実際の彼は口ごもりながらも室内の彼らに向かって用件を伝えたのだが。 「まあなんだ、あれだ、そろそろ飯食いに行こうって話になっててだな」 奥の窓側のベッドの上で、なまえが緩慢な動きで身体を起こした。つと視線が上がる。気だるげとも、艶っぽいとも思わせるその彼女の独特の表情に、ポルナレフは居心地悪く視線を自分の足元に落とした。手前のベッドからは、帽子を目深に被って眠っていた承太郎がのっそりと起き上がって立ち上がる気配がする。 「ちょっと、空条」 咎めるような鋭いなまえの声がポルナレフの横をすり抜けて行こうとした承太郎の足を止めさせる。 奇妙な光景というのはまさにその彼女のベッドの上に広がっている。なぜか承太郎のスタンドであるスタープラチナが、彼女と同じベッドで彼女のそばに転がされている。起き上がったばかりの彼女は寝乱れた自分の髪を撫でつけると、今度はスタープラチナの蓬髪に細い指先を差し込んで梳いている。 「射程外に出られるとスタープラチナがそっちに行っちゃうじゃあないの」 「人のモンを借りていじくり回しておいてその言い種か?」 フン、と鼻を鳴らしてにべもなく承太郎は廊下へ出て行く。彼の射程範囲2メートルを出ることのできないスタープラチナは自然、自分の主についてベッドを降りた。不服そうに両目を眇めてその後ろ姿を睨みつけていたなまえも、戸口のところでまだ所在なげに佇んでいるポルナレフを見ると、「ごめん今行く」と小さく呟いて立ち上がった。少女は黒髪に指を入れて手早く梳くと、ドア横のハンガーツリーに引っかけたチャドルをぞんざいに身体に巻きつけ、来訪者の横を抜けていく。 部屋の鍵を閉めてポルナレフに礼を言ってすぐ、彼女は小走りに承太郎を追っていった。 「持って回ったことしやがって」 「だって、本体は忙しそうだったから」 悪びれた様子もなくなまえはツンと顎をそらす。挑発的な目線は今にも、どうせ自分の胸に聞いても分からないでしょうけどね、とでも言い出しそうに雄弁だ。 「何が気に入らねーんだ」 彼が本当はすごくフェミニストだということを、だからと言って目くじらを立てていることの方がよほど狭量なのだ、と彼女もわかっている。彼は女子供に手を上げるなどということはしないし、いざというときにその存在を一番気にかけているのは彼であったし、くっついて回られても振り払ったりはしない。そう、彼はとてもフェミニストなのだ、と彼女は思う。そうしてあの名前も知らない家出娘のことを考えると、彼女は彼のそういうぶっきらぼうな優しさに目を向けずにいられなかった。 「あなたの幽霊は嘘をつかないから、そっちの方が好きなの」 そばに来てと言われたときに、彼はその行動で嘘をつくことができない。空条承太郎の精神エネルギーそのものである彼には。 「……妬いたんなら正直に言えってんだぜ、てめーはよ」 「やかましいのはうっとおしいんでしょう?」 やりとりの委細など知らず、遠慮してのろのろと彼らの後ろを追っていたポルナレフが目撃したのは、承太郎が彼女の頭にその大きな手のひらを乗せ、艶のある黒髪をぐしゃりと乱すように撫でた直後、なまえの白い拳が弱々しく承太郎の脇腹を殴るところだった。 ×
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