小話 | ナノ



テーブルの上でブラックコーヒーが湯気を立てている。花京院は白いカップを取った。私はまだ熱くて飲めないので、窓の外を眺めながら、買い出しに行ったポルナレフと承太郎のことを考えていた。外国人の、あんな偉丈夫がふたり並んでこんなごった返すスークでお買いものだなんて、なんだか他の通行人が可哀相になってしまう。
日陰のかかった窓際の席は真上に空調があって少し肌寒いくらいだった。承太郎たちとは別働で情報収集に向かったアヴドゥルさんとジョセフさんは、荷物を私たちに預けて行った。私と花京院は、自分たちの担当だったホテルの予約を取ってきて、荷物番の最中だ。
花京院が私の手元をちらっと一度見た。


「飲まないのかい?冷めてしまうよ」
「熱くて飲めないの」
「とは言ってもここ、クーラーの真下だ」


それもそうだ、とコーヒーに手を伸ばす。まだ少し熱いが、飲めないほどではなくなっていた。ホテルのチェックインの時間は17時。あと2時間ある。


「花京院」
「何だい」
「あそこのお姉さんが超グラマー」
「……」


すうっと自然に花京院の目が通りへ流れた。こいつもちゃんと男子高校生なのだなあ、と思って彼の横顔を眺めていると、不意に我に返ったのかこちらに視線を戻した花京院が仏頂面で何だい、とさっきと同じことを言った。


「いたでしょ?」
「……好みじゃあなかったよ」


まったく君は、という意味合いを感じるため息と一緒に、彼はまたコーヒーを一口飲んだ。私は頬杖をついて通りの人の流れを見ていたのだけれど、窓ガラスに向かい合って座る花京院の姿が映っていることに気付いて光の反射越しに彼を見た。椅子に浅く腰掛けて長い脚をテーブルの下で組み、コーヒーを飲む彼の姿を。


「そんなに熱心に見て、好みの男性でもいたかい?」
「……ん、まあね」


ガラスに映った花京院から本物の花京院に目を戻す。流し目気味に笑った私の意図を彼は正しくは理解しなかった。よかったね、と適当な相槌のあとに黙った彼はカップを置いた。頬杖に置いた顎を上げた私の向かいで、花京院はテーブルに両肘をついて両手を組み、そこに顎を乗せてこちらを見返す。


「良かったよ、君がちゃんと男性に興味を持ってるようでさ」
「誰も女が好きだなんて言ってないわよ。決して嫌いではないけど」


言って笑い合った直後。花京院の指先が伸びてきて、私の髪を一房、梳くようにそっと持ち上げた。あんまり突然だったので固まっている私に向かって彼は自分でもどうしてこんなことをしたのかさっぱりわからんという表情を顔にうろつかせ、少し困ったように口元を迷わせた。


「すまない」
「構わないけど」


私たちはぎこちなく目線を交わしたが、花京院は手先だけは玄人じみて私の髪の房をさらりとやさしく放した。熱のこもる頬に冷房の乾いた風が当たる。息を詰めたのが彼にも感付かれたような気がして、ごまかすようにコーヒーに手を伸ばす。


「みんな遅いね」
「……そうだね」


さっきの彼女は観光客だったのだろうか。砂漠の土地を歩くにしては開放的な格好だった件の女性を垣間見た窓の外に改めて目をやる。私は今起きたことを言及しないと決めた。花京院の目は気まずそうに店の内装を眺めだした。その花京院はやはり相も変わらず、窓ガラスに映った彼を見つめる私には気付かないままだ。
まだみんなは帰ってこない。
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