あのひとが幸せであってくだされば、私の気持ちなんてものはどうだっていいことなのです。 「慎ましいでしょう?自分で言ってて鳥肌が立つくらいですからね」 それとも不遜ですか。重ねて訊ねると相対した男の口元が皮肉たっぷりに持ち上がり、下手な恋愛だな、と、端整な唇でそう言いました。そうなのかもしれません。私はそもそも器用な方ではありませんでした。 私はあのひとの後輩です。あのひとは私の先輩です。それ以下があったとしても、それ以上はなくそれ以外もありえません。私はあのひとに役立ててもらえるならそれ以上うれしいことはないと思っていますし、たとえばいつか、私のことなんて少しも覚えていてもらえなくなったとしても、私は悲しくなどなりようもありません。私はあのひとの手のひらのイゼルローンが機能するための歯車のひとつであれたことを誇ります。ただ、それだけでいいのです。私が自分に誇りを持って生きるには充分です。 ───私はあなたのために働けた事実があればそれだけで。 「殊勝な刹那主義というべきか、それとも他人任せで個性が無いと言うべきか。自分が生きた証拠を他人に委ねるとは、つくづくわからん女だ」 「自分自身に誇るところがないと、こうなってしまうんですね」 くだらない女と思っていただいて結構です。あのひとに、愛されたいなんてそんな大それたことを考えたことはないのです。私は私という存在を認識してもらえたらそれがうれしいから。今この瞬間の私があのひとの中から一欠けらも残らなくなることが怖いのです。 恋ではありません。こんな不毛なものが恋だと、私は思いたくない。 「そうやって時間を空費するのが、有意義だとは思わんがね」 「女が女として通用する時間は短いし?」 男は怜悧な美貌に一瞬、嗜虐的な微笑を浮かべました。女は、女としての魅力に限りがあるから、勇み足をしてとんでもない男にひっかかるのです。それは私も変わりません。彼は私の心境と、実質の行動との差異に揶揄を投げつけたのでした。私は、恋には順応できませんでした。それの柔らかさやりきれなさに毒を感じてしまって。それだけに、余計に滑稽に映るのでしょう、この男の目に。うごめいている性をいとわしく思いながら、同時に私はこれを盾にして生きているのです。滑稽でなくて、なんでしょうか。 それでも私は、私の内側で未だに息をしている「女」という生き物の、その命をこのかけがえのない時間に懸けています。命数が尽きれば、この不当な物思いはおのずから私を放してくれるでしょう。それまで。それまで私はいつまででも、あのひとの横顔を見つめているのです。なぞるべき思い出がすりきれ、追うべき背中に声が届かなくなっても。 「でもね、魅力が枯れたと思うにはまだ早い、そう言ってくださったのは、シェーンコップ少将、あなたですよ」 この「女」の息の根が止まるまで。想いはついに生まれ出ることもかなわずに、信仰に似たこの執着を何度でも繰り返しながら。 ×
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