| ナノ

 マネージャーの立場上、部員相手には"何事も平等に"が基本だ。同じ学年だろうが先輩だろうが気になっている人だろうが全部一緒だ。でも部員側にはその限りでない人もいる。
 とことん褒めて気分を揚げて周りが手綱を取っていかないといけない人なのでみんなそうしているけれど、私の声が特別その耳に通りやすいような気がしてくると、もしかして、とよこしまな考えを持ってしまうのだ。雀田先輩と白福先輩が表面上ノーコメントを貫いているとしても、そうなんじゃないかな、と個人的に思ってしまうことはあるのだ。



「電気消しちゃっていいですか?」
「待ってやめて、何も見えなくなっちゃう。俺のスマホどこ」
「えー…ポッケは?見ました?」
「……んー、あッ!あった!」
「じゃあ消しますよ、電気」
「なんだよー先輩のこと置いてくなってば」
「待ってますって」

 早くして、と早く帰りたいばかりの私がぼやくと、木兎さんはでかい図体のくせにとことこかわいい感じにやってきて、私がもう指を伸ばしているスイッチ板の横の壁に手をついた。ぺた、と。私が首だけ振り返ったのを覗き込んで、珍しく眉間にしわを寄せている。

「なんすか」
「苗字はさ」
「はい」
「……や、なんもない」

 はあ、と生返事をして一括消灯ボタンを押そうとすると、その指を木兎さんの手で横向きにがっちり握られて動かせなくなった。びっくりすることに、この"先輩"はいちいち加減というものがない。関節が潰れそう。
 彼が、私の手を掴んでいるのと逆の手で一番奥の照明を消した。パッと奥だけが暗くなる。相手の顔の影が濃くなる中で、目だけが爛々と光っている。相変わらず無軌道な行動にも、何がしたいのかはよく分からなかったけど抵抗はしなかった。別に理由がないし。──このまま何が起こってもたぶん平気。
 身体を彼の方に向けようとした私の肩を無視して、木兎さんは顔を近付けた。あ、と思ったときには、真ん中の照明が消えていて、私たちの真上にある蛍光灯の列だけが光っていた。さっきリップを塗りなおしたばかりでふっくらとした私の唇を味わうみたいにゆっくり、彼はキスをする。こんな抒情的な、余韻を持たせた動作は、ふだん騒々しくて忙しない木兎さんらしくなかった。

「早くしないとみんなに置いてかれちゃいますよ」
「まだ外で、みんな喋ってるよ。聞こえるじゃん」

 外にみんながいるのを分かっていてこういうことするのも何だかな。彼が私たちの頭上の蛍光灯も消した。それと一緒にもう一度、なんだかせわしなくキスをされる。焦れたような、切羽詰まったような、とにかくもうしたくてした、というキス。暗がりの中で、私の肩を彼の両腕が引き寄せて隙間なく抱きしめる。うっかりすると関節を極められかねない風で握られていた手が自由になって、私は彼のジャージの胸のところを掴んだ。ちょっと試すつもりで相手の唇を舐めてみたら案の定その舌に木兎さんの舌が絡んでくる。息を吸ったり吐いたりするのもままならない。
 こんなことしていいのかな。なけなしの良識が、今後の部活での立ち位置が妙なことになってしまう危惧や告白してもされてもいないのに唇を嗜んでしまった行儀の悪さについてお小言をこぼしているけれど、でもこうなるのは初めから時間の問題だったのだ。
 彼の目がまるっきり恋をしているなんてことは、だって見ていれば分かることだったから。

「あのさ」
「はい?」
「好きなんですけど」
「……けど、何ですか」

 唇の間でこぼした私の笑い声を、木兎さんは掬い上げるようにして持っていった。不届きに侵入してくる熱い舌を押し返す。

「俺と、付き合ってくれる?」

 そこだけそんなに自信なさげにして、ふつう絶対好かれてると思わなかったからこんなことしないのに。
 みんなには隠せたらいいけど、むりだろうなあ。


title by 深爪
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