いきなり態度が変わるとは思ってなかった。ただ私のことを好きだと奴が言ったので、私はそれをあっさり信用して、じゃあもうちょっと態度やら口調やら軟化するかなあと単純に思ったので、まあだからって急にものすごく優しくなってもうさんくさいんだけど。……何が言いたいかと言うと、長年の片思いが報われた男の態度じゃねーだろ、ということなのです。お前明日空いてっか、って聞いてきたのはあっちのくせに結局ドタキャンとか遅刻とか。いつも文句のつけようがうざいくらいないはずの律儀な10分前行動が、何故よりによって私とふたりのときにだけできないのか。他の子には見せられる分かりにくいけどちゃんと分かるような優しさが私には見せられなかったりとか。とりあえず一番腹が立つのはフォローも少なに放置するくせに特に悪びれた風がないこと。私を気にかけてる様子が薄いことだ。毎回の頻度で遅刻する相手を、待ち合わせ場所でぼんやり立って待ってるだけがどんだけのことか分かってない。果たして奴は私に会う気などあるのか。………あいつが私のことを好きだなんて、そろそろ夢オチじゃないかと疑い始めてる。 「会う気なかったら約束もしねーよ」 「約束しても来る方が珍しいけどね」 相手が機嫌を損ねたのが分かった。 付き合い始めて何度目かの喧嘩だ。そりゃそうだ、としか返してこなかった伊達のお決まりの語調に、ついに言い返した。好きじゃなかったら付き合わねーよ、気にかけてなかったら帰ってる、会う気なかったら約束しねーよ。毎回毎回、同じ言い回し。ごまかされてやっていたのは私の懐が広いからだぞ分かってんのか。 …言いたかったけど言わなかった。とりあえずいつも気分を害してたのは私ですよね。あ、気付いてもないですかそうですか。頭おめでたいんじゃないの。それでよく私のこと好きとかなんとか言えたよな。会う気あんの私だけ?…好きだっつったくせに。おめでたいことにそれが嬉しかったあのときの私に謝れ。悪友は悪友のまんまですか。ちょっとくらいぞんざいでオッケーですか。彼女に昇格したっていうのは私の勘違いで、彼女ってものは彼氏に特別扱いされるもんとか思ってたのも私の幼稚な偏見ですか。…涙出そうじゃねーかばかやろー。 「おい、こら」 「……」 「こっち向け」 伊達が私の顔を無理やり上向きにしようとしてくるので意地でもうつむいててやろうと思ったら、案外すぐに伊達は諦めて、じゃあそのまま聞けとか偉そうに命じた。 「遅刻ドタキャンに関しては悪かった。俺が悪かった。認める。……が、お前も反省しろ」 「…何を」 「内省的になって考えれば分かる。俺に言わせんな恥ずかしい」 「言いなよ」 「言えるか」 「何で」 「……みっともなくて言えるかっつーんだよ」 こめかみを両側がっちり伊達の手で押さえられていて抗議の顔を見せてやることはできなかった。私が小さく小さく、まさむね、と舌足らずに呟くと、伊達が舌打ちのあとのため息と共に以下のような供述をした。舌打ちしてんじゃねーよ、ちょろいぜバカむね。 1. 私が元親と、佐助と、徳川さんと、まあ諸々の男とのスキンシップが過剰 2. 私が露出の多い服ばかり着てる 3. 他の連中に構ってもらいにいくくせに構ってだのさみしいだのと言うのは勝手 悪友のままみたいな顔をして、奴にしては珍しく手も出してこなかったくせにこの言い種。まあ私も悪いとこは悪かったようだけども。そこらへんはちょっとずつ直していきますけども。 「謝罪と抗弁は分かったけどとりあえず今までの遅刻ドタキャンに関して話を聞こうか」 けどそれとこれとでは、ちょっと話が違うんじゃなかろうか。 謝ってはくれたけど別に改まった謝罪がほしかったのではなく私は知りたかったのであって。私にだけ、伊達のどこかに存在するはずの優しさが注がれていない件について。 ようやく顔を上げられた私がガンを飛ばすと、伊達はいかにも心外そうに睨み返した。 「優しいだろうが」 「は?」 「……まああれだな、遅刻はあれだ、お前相手なら問題ねーだろとか思ってたのは事実だな」 「甘えてんじゃねーよ」 「テメーの彼女に甘えんのの何が悪い」 「開き直りかっこわるい」 「そこはときめけよ女子として」 「甘いセリフって然るべきシチュエーション下じゃないと無意味なんだよ知ってた?」 「………やっぱ怒ってんのな、お前」 「怒らいでか」 3秒の間。私が眉毛を片方吊り上げると伊達の口元が辟易して下がる。 「だって会いたくて待ってるのがバカみたいじゃん」 今度は私がため息をつく。伊達が黙る。 会いたいのは私だけ? そんなこれ見よがしに切ない乙女心に触れて改心しやがれバーカバーカ。 「…会いてえよ、俺も。悪かった」 「……」 珍しく切ない声で伊達は言い、ムーディーにも私を抱きしめた。ホームの片隅で、人がいないからって好き勝手して本当カップルって迷惑極まりなくてごめんなさい。公共の場を通りすがられるだけの何の罪もない皆さんごめんなさい。誰もいないけど。 「で、お前はあいつらの話すんな。そんで絡むな。俺がいんだろビッチ」 関係ないことを考えてたら突然伊達が私の髪をぐっしゃぐしゃにかき回して言った。 さっき聞いたよそれは。ていうか彼女に向かって規制用語とかお前。まあ要は私のこと大好きなんだろ、もう分かった。 「さっき言えなかったこと言っていい?」 「あ?なんだよ」 「なんだ、ただの嫉妬か」 「ただのとはなんだこのビッチ」 「かわいい彼女に向かって規制用語だよこいつサイテー」 「テメーでかわいいとか言いやがった」 「重ねて嘲笑いやがった」 「口悪ィんだよお前。かわいくねー」 「…………」 「何か言え」 「顔見せて」 「…うるせえよ」 「かわいー」 「きめえ」 「うぜえ」 伊達が照れてんのはもう分かってた。 うぜえ、つって私が言いきって笑いきる前に、どこでどう調子こいたのか、伊達は私の口元をかっさらいにかかった。リップグロスの艶かしい光にこいつが弱いだろうというのは、まあ分かりきっていたことだった。 ちなみに今日会うからって買ったグロスなんだったりするわけで。 「このあと俺ん家に変更な、今日」 唇の端をなぞっていく伊達の指に、ついついしたり顔をしてしまう。 まあ相変わらず長年の片思いが報われた感は全然ないような男ではあるけども。 とりあえず夢オチの路線はなしの方向らしい。 「やさしくして…?」 「……もう優しいだろうが」 伏し目がちにためらいがちな声を私が出すと、伊達はちょっとグッときた顔。 ほらな、お前の彼女かわいいだろ。参ったか。 |