顔の右半分を柔らかく清潔な蒲団に押し付けて、女は小さく声を上げた。幼な子がすすり泣くような小さな呻き声だった。 彼女の故郷に降る雪のように白い背を、見下ろして男はひとつ息をつく。耐えて敷布を握り締める、雪白の手には血の管がわずかに線を引いていた。 美しいおんなだ。 男はひとりごちる。女の腰のなだらかな線を手で覆い、彼はその華奢な背に自分の胸板を合わせた。彼の心臓は厚く重ねられた筋をせわしなく押す。 このおんなにも分かるだろうか。こうして求めてやまぬこと、いとおしく思ってやまぬこと、そうしてゆえに悲しいことが。 「わしは欲が深くなったかもしれん」 男は言って、女のうなじに口付ける。あたたかく柔らかい、女の皮と肉。 するとか細く、女が声を漏らした。彼が耳を寄せると、もう一度その赤い唇が動く。 「あなたの欲など高が知れます、家康公」 つい先頃まで揺さぶっていた細い腰に、手と言わずそのたくましい腕を回して、家康は女を抱擁する。女が苦しげにして身をよじった。家康公、とたしなめるように呼びかけられてようやく彼は女を放す。 女は家康の下で仰向けに転がると、彼の首にしなやかな腕を回した。それはまるで彼女が男にすがっているようなのに、家康には受け止められたように感じられた。欲も勝手も不安もすべて、この細腕に許されたように思えたのだ。このおんなの前では建前も虚勢も無意味だった。女の身体を両腕に抱き直して家康は安堵する。このおんなを放すまい。男の負う罪過を思ってこそ、男の志を思ってこそ、やさしく抱く腕に躊躇のないこのおんなを。 「………わしはまだお前が欲しいのだ。お前の心を開き身体を開いたというのに、まだ足りん」 家康の耳を食んでいた女の唇が、笑うように微動する。それから慈しむようにゆっくりと彼の名を呼ぶ。 「家康公。私がほしいのはあなたの欲です。私をほしいと仰るその心をください」 毒のように甘いささやきを耳に享受して、家康は身をふるわせた。くすぶっていた欲心を、女の薄桃色の爪でじかに引っ掻き回されたようだった。女は彼に接吻を贈る。 すがるよすが ×
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