「や、野球部〜……意外〜……」 思いがけず人がいたことに気付いたふたりがそそくさと立ち去ってから、私は詰めていた息をようやく吐き出した。アルミ缶の内側にふぬけた自分の声がこだまする。 「修学旅行中にくっつくやつなんて本当にいるんだ」 花巻のひとり言みたいな一言に、ほんとそれね、と返してから、不可抗力とはいえ覗き見してしまった罪悪感が急にやってきて私は黙った。花巻も特に何も言わず斜めに視線を下ろした。なんとなく、さっきのふたりが残り香として置いて行った甘ったるい混乱に空気が引っ張られているのを感じる。 「俺らもああいうことする?」 「無理。これから部屋帰って枕投げして大貧民やって雑魚寝する予定だから」 「早いよ、返事が」 明らかな便乗で茶化しただけのくせに花巻の苦笑は弱々しかった。本気にされたら困るくせに、「冗談じゃん」などと何げなく身をかわすくせに。オブラートに包んでまろやかに悪態をつく才能があれば言ってやれただろう。実際はその辺の加減がずさんなので、下手なことを言わないようにまるごとみかんの缶を傾けた。相手も手持無沙汰にそうした。 反応を窺うような、相手に手番を譲るような沈黙があって、それから花巻が折れた。 「ハーァ、ふられたし部屋戻るわ」 「はいはい、お疲れ」 つい今さっき不発に終わった軽口を繰り返して、花巻は缶を持ったまま廊下へ出て行った。その足音が遠くなっていくにつれて、これまで平然としていた両足から力が抜けた。ふにゃふにゃになった膝を抱え込んでうずくまる。 からかってるだけならやめてほしい。……本当にそれだけ。 title:深爪 ×
|