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「なんか俺、名前とするのハマっちゃいそー」

ハマっちゃいそう、というだけで別に本当に抜け出せないくらいハマる男じゃない。そんなこと言ってきっとこの男は普通に、当たり前に自制が効く。することするけどハマらない、そういうことができる。むかつく奴だ、本当に。

「ていうか、名前が俺のこと好きって言うなら俺だってちゃんと考えるのに」
「え?」
「え、違う?」

何を当たり前みたいな顔をしてこの男は。
とっさに眉間に力が入った。腹立たしくてたまらなかった。どうしてそうなんでも上から物を見るくせがついているんだろう、根性のひねくれ曲がった男だ、心底呆れる。

「俺、名前って俺のこと好きなんだと思ってたんだけど」

拗ねたように口をすぼめた徹の顔を見て気付いた。違う。こいつはなめてる。この男は本当に、自分のことを好きな女をなめてる。惚れた方の負けとは言え、こんな態度はあんまりだ。

「私だって、私のことがすきでたまんないって人と付き合いたいもん。徹は違うでしょ?そういうことだよ」

余韻で痺れたように弛緩していた身体に、こみ上げてきた怒りのせいでにわかに力が蘇ってきた。身体にかかっていた徹の腕を放り出す。
徹は、人をイラつかせるという点で天才だと思う。岩泉一のように、彼のバレー部の同期のように私のように、こいつの些細な言動に大なり小なりイラついている。バレー部なら、徹のプライベートな部分なんかは別にして彼のリーダーシップや技術や何やら選手としてよい点を見出すことはきっと可能だ。信頼も生まれるだろう。何しろ徹は真摯なプレーヤーだったし、そのことは誰もが認めている。
その意味ではむしろ私は常に怒っている気がする。及川徹といることで、無意味なフラストレーションが溜まっている。どうしてこんなにむかつくのかイラつくのか分かっている。選手としての彼に信頼を抱くチームメイトと違って部外者だ。必然、女の子にキャーキャー囲まれてへらへらしている、彼女にふられては拗ねるを繰り返すアホしか知らない。

「じゃあなんで俺とセックスしたの」

諭すような柔らかい徹の声はまだ若干拗ねている。器用な声音だ。なのに、ちっとも甘い響きがない。とりあえずこの男に私の軽率なセックスを責められる筋合いはない。やることやったあとに説教かます援助交際おじさんかお前は。
でも実際、ベッドの上は天国みたいだった。徹の一挙一動に振り回されながら、その間だけ何も考えられないまま、お互いの肌の熱がたまらなく心地よくてもうこれだけしていたいというほどだった。

「流されたかったの」

好きだと言ったところで徹が私の考えているすべてを叶えてくれるわけではないし、それなら勝手に振り回されてひとりで考え込んだ挙句に疲れてしまうより、ただの知り合いとして時々話してイラつくくらいでよかった。
ベッドの上で起き上がって徹に背を向ける。その辺に散らばっていた下着だけ着けた身体を、長い指の先が試すように伝った。徹はまだシーツに埋もれている。うつ伏せになった身体の、背から腰へのラインがたくましい感じがして、目の奥がくらりと揺れた。この期に及んでその身体に、たまらない、と思う。

「ねえ、さっきちょっと怒ってたよね」
「今も怒ってるけど」
「俺がお前のこと、たまらなく好きってわけじゃないから?」

男の指が腿から下へ、へそから上へ、じわりと撫でさする。腰に柔らかい唇が当たって、徐々に手と一緒に這い上がっていく。私は苦しいのに、きっとそんなことは察していて彼は無視している。ゆっくりと肌にさわる大きな手も、きっとただ言わせたいだけだ。
私は徹といるといつも怒っている。彼からしてみたらひどく理不尽に。

「大事にされたいし優先されたいの」

後ろで徹も起き上がる音がした。背後から、顔や態度からは想像がつかないほどどっしりとして頼りがいのある彼の身体に抱え込まれる。

「やることやって言うことじゃないかもしんないけど、大事にするよ?」

長い腕が腹の前でクロスして、ぎゅう、と締めつけるように抱き寄せられる。徹は大きな犬みたいに頭を私のこめかみにすり寄せて、甘えた声で言う。

「やめてよ、私ちょろいんだから」

自分が嫌になる。勝手に期待して自惚れて、考え込んだ挙句に疲れてしまう。そのすべての原因に苛立ってしまって、私はいつも彼に怒っていた。自分のことさえままならないのは及川徹のせい、私の恋愛が楽しくないのも及川徹のせいだ。

「人のことなめすぎ」
「そんなのお前もだよ」

身体が反転した。唇に乱暴なキスが当たって、覆い被さってきた徹の身体に押し潰される。身体いっぱいに圧しかかられて苦しくて、人の肌のなめらかさが気持ちよくて、徹の背中に手を回した。指先に筋肉の隆起が感じられるほど鍛えられている。今日初めて知ったけど、私は徹の身体でここが一番好きだ。

「こんなことされて最後までしちゃって、でも言いたくないとか言うし俺は本気じゃないとか決めつけるし、なめてるじゃん」

徹が少し身体を浮かせて、私たちの間に、かろうじて目が合う程度の隙間ができた。身体の下に入り込んだ徹の左腕が、隙間をなくすように身体同士を引き寄せる。心臓がドキドキしている。確かに察しはよくない方だが、ここまで近付いたら分かってしまう。

「流されたとかじゃなくて俺のこと好きだって言ってよ。そしたら俺も名前のことたまんなく好きだって言うから」

まるでここだけ天国みたいだ。徐々に照れが出てきたみたいに赤らんできた徹の頬を撫でて、お互いめんどうな性格をしていることに笑ってしまった。
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